+あまい誘惑+




言葉を失った。

本当に驚いたときには、声など出ないものなのだな。

こんな時、蔵馬なら気の利いた言葉のひとつくらい
かけてやれるんだろうか。


・・・女性っていうのはね、
『美しいもの・かわいいもの・甘いもの』に弱いものなんですよ。・・・


必要ないと言いつつ、このドレスが目に入った途端、
脳裏に焼きついて離れなかった。
躯の瞳と同じ色のドレス。
着たら、さぞかし美しいだろうと想像してしまったのだ。



飛影が完全に押し黙ってしまっている。

思い切ってドレスを着た躯は、パーティー当日飛影を誘うため、
彼の自室に訪れた。

いつものように「下らん」とでも嘲笑してくれれば、すこしは気も晴れるんだが。


「さぁ飛影。うまいケーキを食いにいこうぜ。
この間のよりも格段にうまいんだろうな。
土産にたくさん買い込むか。魔界に帰ってからも楽しめるようにな。」

いたたまれなくなった躯は、そう一気にまくし立てた。

「じゃあオレは先に行って・・・ !」




いきなり後ろから抱きすくめられた。
そしてうなじに軽くキスが落ちる。


躯は美しかった。
透き通るような肌。金糸のような髪。
そして、海よりも深い蒼色の瞳。
その白く美しい顔に、さっと朱が昇る。
蒼色の服に映えて、例えようもない麗しさを醸し出す。


「まぁまぁ・・・だな。」

それが精一杯の言葉だった。

そして、再び深い深い口付けを交わした。






「婚約?いやぁーーーーーーーーー。そのつもりだったんだけどよ、
トーナメントが近いから、ここんとこ北神達のところにいたんだ。
そうしたら、昨日帰ってきたら『トーナメントと婚約とどっちが大事なの?』
なんて言いやがってさー。ケンカになっちまってさ。ははは。」


会場となるはずだった、幻海の家には、相当数の人数が集まっていた。
幽助や、蔵馬が声をかけて回ったとはいえ、
誘った以上の人数が訪れていた。
それはそれで、幽助の人脈の広さが窺い知れるのだが・・・。


「ゆ、幽助。それは婚約は破棄になったということですか?」

「ま、そういうことだな!ははははーだ。」

ずるっ。会場全体が傾いてしまいそうだった。


「飛影。今日は随分と美しい人をエスコートしてきてるじゃないですか。」

蔵馬の一言で、会場の注目は一点に集中した。


「なんだよ!ヒトが落ち込んでるってときによ。
見せつけてくれるぜーーー。」

「じゃあ、ついでにこれも受け取ってくれ。」

魔界の女帝は、幽助にそう告げるなり、飛影にキスをした。

「き、貴様っ。」


「かーーーーーっ。飛影!おめーも隅に置けないな!」

「雷禅の息子。お前等も早く幸せになれ。
今の見物料は、ケーキ食い放題ってことで許してやるぜ。」


婚約パーティの場は、突如大宴会場に変わってしまい、
久しぶりにお祭り騒ぎさながらに湧き上がった。


もちろん、その間中飛影がからかわれ続けたのは言うまでもない。


−END−