+あまい誘惑+


【後 編】


約束のパーティーはいよいよ明日となった。


トーナメントに向けて、躯軍の士気は高まる一方だった。

・・・約二名ほど、戦闘不能となったものを除いては。


躯は自室でシャワーを浴びていた。
熱い湯が、傷口に染みる。

(いつの間にか、飛影も俺に傷を与えられるほどに強くなったんだな。)

それが嬉しいようでもあり、逆に寂しくもある。
いつか飛影は、オレを越えていくのだろう。
飛影より自分が弱くなってしまったら・・・。
アイツは傍にいてくれるのか?


「婚約か・・・。」


魔界にはそんな約束事などない。
魔界は無秩序こそが法律。
人間達は、弱いからこそ、そのような約束事に縛られて生きるのだろうか。
そうやって自己を保つのだろうか。
雷禅の息子のオンナに聞いてみたい気がした。
下らないと思いながら、どこか羨ましくもあったから。


風呂から出て、ゆっくりとクローゼットへ向かって歩く。

そして一つのドレスを手に取った。


少し前までは、身を飾ることは嫌悪していた。
呪布に身を包み、全てを隠していた。
美しいだけの人形はまっぴら御免だった。


でもアイツに会って、何かが変わり始めた。


服はこざっぱりとした戦闘服が多く、そのほとんどがここ数年に
揃えられたものだった。
どこかで見られることを意識していたのか。


オレとしたことが。なんて女くさい行動なんだ。
そして愚の骨頂とも言えるのが、この蒼色のドレスだ。

シンプルなスリップワンピースで、光沢がかった深い蒼色をしている。
一年ぐらい前に、わざわざ特別誂えで作らせたものだ。

今思うと、気の迷いだったとしか思えない。
もちろん作っただけで、一度も袖を通したことはない。



「飛影・・・お前のその深紅の瞳が好きだ・・・。」

抱き合った後、そう口にしたことがあった。

「俺もだ。その蒼色が気に入っている。」

飛影がそんな事を口走るとは・・・。



この間のゴタゴタの後、部屋を出て行く時、確かに飛影の視線は明らかに
このドレスの上に止まっていた。


浅はかな女だと笑うだろうか?
お前の瞳に映る自分を、良く見せたいだなんて・・・。


「貴様にはあんなもの必要ない・・・か。」

躯は、ドレスを柔らかく抱きしめた。
誘惑に囚われてしまいそうだった。