Vienna (Austria)     Europe trip, March, 1997

 空港から街中へは重い荷物をなるべく自力で運ばなくてもいい経路を選びました。市内のエアターミナルまでバスで行き、そこからはTaxiという作戦。ところが、乗ったTaxiおばさんの運転手だったので、結局荷物は自分たちで積み下し(その分、チップは少な目でいいよと言ってくれましたが、こんなことに感動するくらい、私はこの街が好きです)。チェックイン後、フロントで音楽関係のプログラムを一覧(出発前にInternetでオペラのプログラムを調べ、FAXで予約を入れようとしたのですが、すでに売り切れだったので、夜の楽しみは現地で考えようと出かけてきたのでした)。飛んでくる機内でWienの催し物案内らしいドイツ語の小冊子を見て見当をつけていたのが、翌日の楽友協会(かのニューイヤーコンサートの会場です)。オーケストラの演目がMozartだったので、「これ、これ」と切符の調達を依頼(衝動買いの第一歩でもある)。 
    ←Dvorakの名前も一瞬見えた気がしたが、これが後でとんでもない事態になろうとは予想もせずに。
 無事到着を自宅に報せるべく、持参したHP-100LXからPC-VANのFAXを使おうとしたら、no dialtoneの嵐。せっかく電話機からのコードが壁際のモジュラで取り外せたのに残念でした。結局、手書きしたものをフロントから送ってもらうことにしたのですが、85 AS(約 850円)は高いと思いました。ウィーンにもTimenetのAPはあったのに
...この後、旅先通信の経験を積んで、dialtoneがないときの回避策を学んだのでした。

(2)コンサート
 翌日の昼過ぎに一度ホテルに戻り(シュテファン大聖堂からフィガロハウスに回って、ゼンハイザのヘッドフォンでMozartの名曲の一番おいしいところばかり聴いた後)、コンサートの予約を確認をしたら、あっさり「取れました」の一言。元音響屋として、名だたるホールの音響効果に期待して出かけて見たところ、舞台から10列目の中央というとんでもないいい席(中央だけは座席番号11番が二つあります)とわかり、これは裏に何かあるなと思ったり、でもここで文句は言うまいと思ったり。
 オーケストラは何となく腕前がまちまちの感じのする人もいるし、指揮者も30歳そこそこという若さで、演奏より音に
目(耳か?)することに。出発前に聴いた某所でのコンサートとは正反対で、音の広がりと定位のよさが抜群。耳の感度試験のような時間を過ごしたような気がします。
 そうそう、曲はポストホルン(セレナードとは言え大曲)と、何とまあ「新世界」。よりによって後者をこんなところで聴く羽目になろうとは思いもよりませんでした。もう何十年か前に卒業してしまった曲という意味で(中学の鑑賞曲か何かでしたね。うちに来てこれを聞かせろという輩がたまにいますが、そんなものは置いていないと黙ってお引き取り願うことにしています)。 選曲から見て管楽器のうまい人が集まっている集団なのかと邪推しながら聴いていたのですが、たまにメロディがずっこける場面もあったりしてかえって緊張しました(練習試合にしては高いぞ!)。あと、何と言ってもティンパニの活躍がすごく、最後に一人だけ拍手が集中していたのも納得できます。
 まるで某大手放送局お抱えの交響楽団のTV放送のように、自然にパートごとに視線が向いてしまうのですから、ホール内の音場は理想的な広がりだったと思います(音響屋としては、これを体験しただけでも満足)。
モノラル主体で大曲を聴いていた私には、ただただ圧倒され続けた数時間でした。音量という観点でのダイナミックレンジもさることながら、小さい音もちゃんと聞こえるSN比のよさはすばらしいものでした(音、沈黙とはかりあえるほどに?)。トライアングルがこれほどに聴き取れる交響曲は初めて聴いたと思いましたが、これもホールと座った場所のせいでしょうね。間違っても(ショルティのように)全体に大音量側に偏った演奏だったわけではありませんから。

 指揮:Robert Zelzer ('67年生れの若手) ウィーン楽友協会オーケストラ
(3)ウィーンのMozart

a)フィガロハウス
 過去二度のウィーン滞在中に時間がなかったり、持って行った資料が不正確だったりで行きつけなかったところ。彼が金銭的にも余裕のあった時代の住居(名前の通り「フィガロの結婚」を作曲した家)です。
今回はシュテファン大聖堂に朝早くに行き、その足で(それなりの決意とともに)回りました。 大聖堂の裏(オペラ座を起点にしたときの方向感覚で)にある馬車のたまり場に沿って歩き、Schuler Str.からL字形に分かれる(最初は元の道と直角に入り、ほどなく元の道と平行に曲がっている道)Dom通りに至れば、大成功です。道の左側にフィガロハウスの表示を
見つけました。
「これだ!」と狂喜する私の指が写っています。その脇の石の門をくぐると普通の住居の中庭のようなところに出て、一瞬不安になります。不安を押し殺して奥にある石の階段(これが実に時代がかっていて、彼が上り下りしていた頃からあったように思える)を一階分登ったところ(ヨーロッパでは、日本の感覚の二階を一階と呼びますが)に入り口のドアがあります。入場料を払い、まずは一息つくのがよろしいでしょう(気持ちを静めてMozartに会う準備として)。
 後は、彼の作品がチェンバロ風の木箱につながれたゼンハイザのヘッドフォンから流れるのを楽しむもよし、肖像画や楽譜の展示を眺めるもよしとなります(同行者は、このヘッドフォンの音が大変気に入ったようでした。餌付けに成功したかなと思ったり)。 案外広い住居で、一階分のスペースに6〜7つの部屋がありました。当時は羽振りがよかったのが、これからもわかります。 一番奥の一室には祭壇が設けられていますが、これはどうやら後からの工作のようでした。
b)像

 王宮に隣接するBurg gartenに彼の像が立っています。前の芝生に花でト音記号が描いてあるのが特徴ですが、今回は黄色(スミレの類?)でちょっと失望しました。ここはやはり赤でなくてはと再認識しました。

 これまでは6月にばかり来ていたので、赤い花でくっきり描かれていたのです。夕食のワインの酔いをさましに像まで歩いて来て、前のベンチで一時間ほど座り込んでいたこともありました。とても平和な時間が流れていくのを実感したような気がしたほどです。像の前からオペラ座までは、市電で一駅(隣の停留所)です。
c)墓参り

 中央墓地にはBeethovenやらSchubertやらが眠っていますが、Mozartは別の墓地に埋葬されました。ここも前から行きたいと思いながら、行き方もはっきりしないままになっていたところです。今回の大きな目的の一つは墓参りだったので、十分に事前調査をしてから出かけました。

 市電の71番に乗って(起点はオペラから王宮とは反対側に一駅乗った停留所)、Landstr. Hptstr.で降ります。地図上は次の停留所の方が近そうですが、どうもうまい道がないらしく、上記の停留所が「最寄り」であるようです。
 停留所から見える緑の看板に「St. Marx Fdhf.(聖マルクス墓地)」と書いた矢印が見つかります。これに従って鉄道線路(空港方面への路線)の下を抜け、線路に沿ってしばらく歩くと右側にこ
んまりした墓地が見えてきます。
 入り口に案内板があり、控えめではあるものの、他より少し大きな文字で(この辺の奥ゆかしさがたまりません)Mozartの墓碑の位置が示されているのですが、ここについている番号は墓碑周辺には見あたらず、探すための座標としては役に立たない感じでした。

 それでもともかく、坂を登っていくと左側にこれまた控えめな金属の立札があり、Mozartの墓碑の位置を示しています。坂道から左に曲がりこむと、先に嘆きの天使を伴った墓碑が見え、前には花壇が設けられています。
 ここまで来てから、花を持ってこなかったことを悔やむ辺りが(いつものこととはいえ)私の準備の足りなさ加減を象徴していますが、幸い私よりもっと気の利く方々がたむけた花束がいくつもありました。途中で折れてしまったような柱状の石碑と、周辺の花壇だけが林の中にひっそり存在する雰囲気は独特のもので、作曲家のイメージによくあっていると思いました。日が少し陰り気味だったので、なおさらそう思えたのかも知れませんが、気分はすっかりMozartに同化した状態でしたから、たとえ嵐でもそう感じた気がします。
もちろん、墓碑の場所に作曲家が葬られたかどうかの確証がないのは知っていますが、ともかくどこかに心の拠り所は必要ですから、これで十分と思いました。

 散歩する
高齢の方を何人か見かけた他には観光客の姿もなく、静まりかえった(たぶん今はもう使われていない)墓地は、いかにも貧民として葬られた作曲家を思わせ、「アマデウス」の映画で見た埋葬の光景を思い出すものでもありました。

 帰り道に気づいたのですが、もっと気の利いた行き方は、74Aのバスを利用することだったようです。このバスは、上記の線路をくぐったところにあるこんまりしたスーパマーケットの前で折り返す循環ルートを辿るので、墓地まで歩く距離が半分くらいに短縮できます。このバスの起点がどこかは調べていませんが、市内の地下鉄の駅のどこかとつながっているのは確実です(帰国後、ringにある地下鉄や市電の駅とつながっているのが判明しました)。

中央墓地は、同じ系統の市電にさらに倍ほど乗って街から遠ざかったところにありますが、別に義理を感じない作曲家ばかりしか眠っていないので、今回も行かずにすませました。

 帰りは市電を途中で降りて、ベルヴェデーレ宮殿にある美術館へ。ここはクリムトとエゴン・シーレが揃っているので、見応えのあるところです。入り口から振り返れば(宮殿が少し高いところにあるため)、市街がきれいに見渡せて、雄大な気分(?)になれます。
(4)他に行ったところ
 a)国立オペラ
 今回はオペラは観られそうもないけれど、中だけは見ておこうと見学だけして来ました(私が初めてオペラを観たのはここでしたが、そんなことは同行者に言う話ではありません)。ドイツ語と英語のグループに分かれてそれぞれのガイドがついてくれるので、なかなか勉強になりました。
我々のガイドは女性でしたが、「ウィーンフィルは女性を入れない伝統があるのに、ガイドさんはいいの?」などという意地悪な質問にも、「私は公務員だからいいの」と平然と回答したりしていました。
 b)王宮
 ここも、これまでどうしても入り口が見つけられずに通り過ぎていたところですが、ハプスブルク家についての予習をしっかりやってきた同行者を連れているので行かないわけにはいきません。
あれこれ調べてもわからないので現地調査に出かけ、ようやく入り口を突きとめました。たぶん工事の都合だと思いますが、普通なら出口にありそうな売店の奥から入るという異色の配置になっています。ここに来る前にシェーンブルン宮殿(夏の離宮)を見てきたのは正しい選択で、さすがに本家の王宮の方が豪華絢爛でした。エリザベートの運動器具のある部屋もしっかり見てきました。等身大の像(のスタイルのよさ)に改めてびっくり。
 c)美術館
 もう何度も来ていますが、初めての人もいるのでと、美術史美術館とベルヴェデーレの近代美術館にも足を伸ばしました。どちらもお気に入りの絵の前まで案内できるので、にわかガイドもすっかり板についてきました。何しろ、一回の滞在で何度も来ているくらいに私の好きな絵が揃っていますから。
その他の画像: 散逸しないようにとりあえず掲載しておくものです。関連した文章は見つかりませんでした。
シェーンブルン宮殿
シュテファン大聖堂
(5)乗り物情報
 ウィーンカードというのが売られていて、3日間乗り物(地下鉄・市電・バス)乗り放題、観光拠点の入場料割引ありというので買ってみました。結論は、昔からある3日間乗り放題の切符(Netzkarte, 72-Stunden-Wien)の方がよかったようです。私達の立ち回り先が特殊だったせいもあるでしょうが、入場割引にならないところも多く、いちいち窓口で「このカードで割引がありますか?」と尋ねるだけ面倒でした。こまめに尋ねる手間をかけても、切符との差額分ほどの割引の恩恵が受けられなかった気がするのです。

 ウィーンは市電が発達しているので、近場はこれが何より便利です。疲れたら1番か2番に乗ってringを一周すると約30分の休息になり、元のところに戻って来られる(環状線なので)のが嬉しいものです。地図の路線図で、数字だけの番号が市電、後ろにAがついているのがバスの路線番号です。
今回はバスにも乗りましたが、狭い道を結構高速で走ってくれるので、風景を見るのには不向きでした。
地下鉄はドイツ語圏に共通かも知れないUが頭についた番号表示になっています。もっとも、ウィーンの地下鉄は運河の跡地のような溝を走る箇所があり、天井のないトンネル(?)で落ち着きに欠ける路線もあります。シェーンブルン宮殿に行く路線はその例です。
長距離の移動は電車(か飛行機)ですが、駅は全部街の中心から外れたところにあるので、荷物の多いときにはそれなりの覚悟が必要です。防衛上の配慮だと聞いたことがありますが、過去の話でしょうね。
国の西方に向かうには西駅に行きますが、ここから王宮周辺に通じる道路(マリアヒルヒャ)は商店街でもあり気長に歩いても目のご馳走はたくさんあります。普通の人は地下鉄を使うようですが、私は最初に来たときに西駅から美術史美術館まで歩いてみました。

 今回は、西駅から特急で3時間半ほどのザルツブルクに向かいます。これは私が初めて来たときと同じ行動パタンです。途中、リンツも通ることだし、Mozart好きには魅力的な路線です(亡くなった土地から生まれた土地に向かうのは、方向が逆かも知れないですが、前もこうだったので経験を優先しました)。電車は10年前と大差なく、おおらかな造りで快適です。途中、もっと深い森を見た記憶があったのに、案外そうでもないまま目的地に着いてしまいました。この特急列車はこれから一度ドイツ領を通り、再びオーストリアに入ってスキーの盛んな土地まで行くもので、週末でもありスキーを担いだ人がかなり乗っていました。
 
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