日々雑談:2001年6月
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6月2日
溶連菌もらう
木曜日の昼過ぎからとてもノドが痛くて熱っぽい。
37度少し熱がある。
風邪かなしんどいなと思うも、この日は自転車で帰るつもりでバスで出勤してきたので、早退する方法がない。我慢して夕方までいた。
19時過ぎに帰宅して病気の話しをすると、息子が2・3日前に「溶連菌」に感染して少し熱が出たそうだ。
病院に行ったら、しばらく抗生物質を飲むよう処方されたという。
幼稚園で流行っているらしい。
そんな菌の話しは聞いたことがなかったので、ネットで調べたら喉が痛かったり舌がはれたりで、まあ私はまさしく息子からそのばい菌をもらったことがよくわかった。
重いと腎臓を悪くするらしい。
その晩は随分長時間睡眠を取った。

翌日の金曜日はシステムの更新作業があってどうしても休めない。朝からしんどかったが、出た。
案の定10時過ぎくらいから熱が出るがしかたない。
夕方には少し楽になって、鳴門のライブハウスに譜面をもらいにでかける。
すぐに帰るつもりだったが、カウンターに座ってサッカーの韓国-メキシコ戦を見ていると面白くなってそのまま最後まで見た。
ライブハウスの音響&でかいプロジェクタで見るスポーツはいい。
熱っぽかった体も調子よくなって、そのまま22時過ぎまでそこにいた。


6月6日
有休消化モードで今日は休み。
終日何もせず。
ガンダムWとターンAガンダムのビデオをレンタルしてきて一人で見る。
ガンダムWは確か在京時代に見ていたと思うが、最初のあたりのストーリー展開が面白い。

6月5日(火)
夕方から鳴門でバンドの練習。
2セット(12曲ほど)演って、やれやれ帰ろうと思っていたら、ライブハウスの近くの寿司屋のマスターがバイトの女性を連れて来店。
音が聞こえてやってきたということで、急遽ミニライブをすることに。
7曲演奏して、結局この夜は通常のライブと同じくらいの曲数をこなす。
ところで次回(6/16)の本番ではクラプトンのChangeTheWorld(最近の大ヒット)を演るのだが、簡単そうで不可解なコード進行が面白い。
僕はこの曲はベビーフェイスの作曲だと思っていたけど違いますね。
ベビーフェイスがプロデュースしたのだったかな。

バンドで地元局のラジオ番組出演するそうで、金曜日(6/8)に放送局集合になった。
収録が19時からだそうで、行けるかどうか微妙。
別に演奏するわけではないので、いったいおいらは行って何かしゃべれるのであるか?
放送日は多分日曜日(6/10)の夜だったと思うのだけれども不確か。

6月3日(日)
Zなんとかで、JZ家に集合、ビートルズナンバーの練習。
考えてみるとかれこれ半年近く練習しているが、俺自身は全然上手くなってない。
練習してないからね。
途中、兼子バンドの練習が3時間はさまって、夕方から再びJZ家にお邪魔してバーベキュー。
自宅の庭でこういうことができるのは非常にかなり実にうらやましい。
それから、練習ビデオ見ての反省会で、あれこれかなり遅くまでそこにいた。


6月7日
あはは。久しぶりにテレビを見て腹をかかえた。
帰宅して飯を食いながら、CATVを切り替えて見ていると、BS日テレの番組で、

マトリックス禁止

ムーンウォーク禁止


こちら、「道路標識の新解釈」なのですが、上の二つの動画が妙に笑えた。
http://aym.pekori.to/sign/

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夢見が悪いと朝のテンションが最低で、会社を休みたくなる。
最近よく大学入試の夢を見る。それも一次と二次の間。
社会人中間点あたりになって、もう取り返しがつかなくなると、もっかいあのあたりから人生やり直したいんだよね。
果たしてどっかで吹っ切れるのか、やっぱり今がイヤで最後の冒険に出るか。
とか考えると、前の会社を辞めても、東京にしがみつくべきだったと今更後悔したりもする。
なんで徳島にいるのか未だにわからん・・浜松にいるときもそう思った。


6月8日
デジカメ購入
初めてデジタルカメラを買いました。
会社で仕入れているやつ、カシオのLV-10を9400円くらいで。
http://www.casio.co.jp/EZ-USB/intro_5.htm
30万画素の一番安いタイプで、いってみればおもちゃですね。
試しに何枚か取るが、色のバランス悪い(特にフラッシュ使用時)・ピント甘い、で画質的には値段相応だと思うのだけれども、撮った画像がすぐにUSBでPCに取り込めるのはとても便利だ。

◆フラッシュを使ってPC・シンセ回りを撮影。


画面が小さいからごまかせますが、まあこんなもんです。
HPの素材としては十分・・といった程度かな。

初ラジオ&久しぶりのJAZZ
昨日(6/8)は、バンドで初めてドキドキのラジオ出演。
地元局の「パワフル徳島」という番組で、日曜日深夜放送です。
番組中何度か、本名を連呼されて困った。芸名で出るんだった。

20時過ぎに収録を終わって、友達のバンドを見に、ベルズというライブハウスへ。
セベちゃん(美人・年齢不詳)のピアノトリオ+清水さん(ギター・本職教師)でスタンダードなJAZZを聴く。
途中、会社のIさんが、女性を伴って(この人はなぜか毎回違う女性といっしょにやってくる)、出現。
#若い子だと思ったら後で年齢を聞いて愕然とする。
演奏は3セットあって、後になるほどいい感じでした。
3セット目にやったブルースはその場での思いつきらしいが、それが一番よかった。

後で話をしていたら全然リハ無しらしい。
ソロの回しとか、キメとか、テーマに戻るところとか、何の打ち合わせなしでもできてしまうところがすごい。
おいら、やっぱロック止まりでついていけんわ。

ライブが終わって、みんなで近くの焼肉屋・・徳島JAZZ大御所大田純一郎の店・・で食事。
カルネ丼おいしゅうございました。


6月11日
日曜日の昼下がり、鳴門のライブハウスで練習をしていると、PHSに仕事の電話。
ライブハウスにいると妙にトラブルの電話が多い。
話だけではわからないので、すぐに会社に。
システムを調べると原因はすぐにわかったが、立場上「こりゃちょっとまずいな」という状況になった。
今日(6/11)も、あちこちから叩かれてつらいところ。
さてどうしよう。

日曜日にトラブル対応して17時過ぎにライブハウスに戻ると(当然)練習は終わっていてみんな帰っていた。
ちょうど、マスタ(ギタリスト)のお母さん(ひじょーにパワフル)がお出かけから帰ってきていっしょになった。
お土産だといって、「石切神社」(東大阪市)の「紅梅焼」(なんとよむのじゃ)をもらう。
帰って開けてみると、かなり硬いせんべいだった。
これが子供に異常に好評ですぐになくなった。

今日もバンドの練習でライブハウスに行ったので、あまっている(様子の)「紅梅焼」をまたもらってきた。
それも二袋。

今日は20時からの練習だったが、朝出かけに譜面を忘れたのと、会社で週末のトラブルを叩かれてすっかりイヤになったので、17時には退社。
一旦帰宅して夕飯食ってから、練習に出かける。
ほんまに、ええ加減に連携したWEBシステムの面倒見るのつらくなってきた。
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日曜日の23時から、地元局の番組(金曜日に収録)を聴いたら、ほんまに録ったまんまが流れていて驚いた。
少しは編集が入るのかと思ったが、金曜日の19時〜20時で録音した番組がそのままだった。
緊張して上ずっている俺の声に対して、妙に落ちついているペットの女の子(19歳)がいいキャラ出していた。
誰にも言ってないのだが、だれか聴いて俺だとわかったであろうか?
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今週末のLivePeformanceで演る予定だった、ElicClaptonの「Change The World」は練習でやってみると意外と盛り上がらないことがわかったので、「Forever Man」に急遽変更。
せっかくオルガンのフレーズをコピーしたんだがなあ。
クラビネットの刻みになった。
「Change The World」はアコースティックな曲だからね。ファンクな暑苦しいバンドには合わないか。


6月13日
そーいえば。
何年か前に昼間会社を休んで、地元教育単科大の付属学校に行ったことがある。
妻からの指令はそこの幼稚園の願書をもらってくることであった。
全く初めてだったので、どっから入っていいものかわからなくて、学校のまわりを2・3回まわった後、
裏門(?)から勝手に車を乗り入れて、校庭の隅に停めた。
どれが小学校で幼稚園かわからなくてうろうろした。
あたりいっぱいにガキが走り回っていた。
先生だか用務員だか大人に聞いて、幼稚園の玄関を教えてもらい、無事願書を持って帰る子とができた。
(後で知ったがそのときの園長はワシの高校時代の教師だった)

そんときは全然思わなかったが、学校てのはそのくらいオープンなんだよね。
加えて、国立の付属学校は極端に生徒を野放し状態なイメージがある。

広島で通った地元の小学校は随分敷地が広くて、後ろに山をかかえていることもあって、塀どころか、正門もなかった。(多分今はあると思います>F川さん)
学校と回りの山や宅地との境界が極めて不明確で、どっからでも出入りできた。
田舎だとそういう学校が多いのではないでしょうか。

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日月火と3連ちゃんで兼子バンドの練習@なると。
クラプトンのForever Manの16の刻みが全然ダメ。
ギターのカッティングをなんとかワウったクラビで表現しようとしているのだが、あかんねえ。
こういうのは若い頃から苦手だったような気もする。
とりあえず今週末にステージがあるので、それまでは気が抜けない。

ネクスト(8月?)はサンタナあたりを提案したい。

火曜日に練習していると小原氏(仮名・米国人)がやってきた。
練習のあと、ぼそぼそしゃべっていると、「からやん(俺)は、日本語と英語を同じようにしゃべるね」とマスタ(ギタリスト)に言われる。
「同じように」というのは流暢にとういことではなくて、どっちもつまりながら、妙な「間」を持って会話をしているらしい。
僕は基本的にドモリなのだが、英語の場合はその傾向が倍増されているのがよくわかる。


6月17日
Exciting Live Peformance
土曜日6/16の兼子バンドはいつもの定期ライブだったが、妙な盛り上がりになった。
1セット目よりお客が異常に盛り上げてくれて、もうのりのり状態。
ボーカル兼子氏は「客に乗せられんように抑えるのに苦労した」らしいが、俺は全く乗せられてしまった。
ほぼ半年振りにキーボードを立って弾く。
立って弾く場合は、オルガンのペダルを右足で踏む必要がある。
右足はピアノのダンパーと、オルガンのボリュームと、レスリーのスイッチの3役が必要になる。
立つとこのあたりが面倒なんだよね。

2時間ほどのステージ、2セット、3セットとますます異常な雰囲気になり、えらく楽しかった。
これだけ演奏が、楽しめたのは久しぶりだ。

次回は8月のお盆の後あたり。
久しぶりにシンセサイザーを使ってみようと考えている。
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6/17(日)
先週末から東新町に置いたままの自転車を取りに行く。
徒歩で、1時間ほど。
いい天気だったが、それほど暑くなくて快適だった。
帰宅するとだれもいない。文化の森に行ったらしい。
しょうがないので冷凍庫に見つけたハンバーガーを解凍してビールで流し込む。


6月18日
有休消化で今日(月曜日)休むつもりだったが、事情で金曜日(22日)に休む用事ができたのでずらす。
まあ、単にムダになる有休がもったいないから休むよりは、なんか目的があるほうがよろしい。

それにしてもここのところ毎朝起きるのが辛くて、といってもいつまでも寝ていたいわけではないのだけれども、起きて準備して会社にでかけるのが実に苦痛であるといえよう。
不登校の子供のようだ。
夕方も5時くらいになるとそわそわ帰りたくなる。
いっそのこと週3日くらいは在宅勤務にしてもらえないだろうか。
でもそうしたら、妻が嫌がるだろうなあ。
(ふん。そんなに人をじゃまにしてたら、フリーランスになって毎日家にいるぞ。)

本職はバンドと農業手伝い(それぞれ月収千円くらい)にして、プログラマーをバイトにするというのがいいなあ。
最近は、生活に困らない程度に働いていればそれでいいような気がしてきた。
ほんと後2年くらいしてやっぱり先行きに希望が持てないようなら、こんな田舎のサラリーマン暮らしは捨ててしまおう。
で、どこに行くか。東京か大阪か岡山か。
広島は絶対ないから安心してくれたまえ。


6月20日
「雑談」の4月・5月分を固定HTMLにしました。
http://www.tcn.ne.jp/~cozy/washi/washi200104.htm
http://www.tcn.ne.jp/~cozy/washi/washi200105.htm
読み返してみると、なんかぼんやりした日記ですね。
それとやっぱり過去ログは日付昇順の方が読み易い。

・携帯番号変更のお知らせ
090-7629-XXXX
終わりの4桁は、徳島の自宅電話番号の下4桁から4896を引いた値です。
または広島の実家電話番号の下4桁から522を引いた値。

PHSからi-modeになったので、会社のシステム関係のメッセージやら、障害のMLやらがリアルタイムで入ってくるという、ますます孫悟空状態が強化されました。
もちろん会社からの貸与品なのだが、軽い電話にあれこれ機能があって面白い。
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細々した調べモノとか修正モノとか後からあとからわいて出てくるのだが、金曜日は休むので割と懸命に処理。
週末は金曜日に「マリオネット」(FADO)・土曜日が「鬼尻キング」のライブを観る予定。
マリオネットはポルトガルギターとマンドリンの2人組。
http://www.asahi-net.or.jp/~qn7y-umi/home.htm
鬼尻キングは徳島では割と有名なR&B系だそうだが、生で見るのは初めて。
http://www.d-box2000.com/


6月24日
ちょっと長いけど、週末3日分の日記です。

6/22(金) 有休・FADO
妻の用事があって、この日は有休に。
息子を幼稚園に迎えに行ったら、入り口に警備員がいた。
敷地に入るのに入校許可証まで必要になったぞ。
もちろん大阪の事件の影響です。

夕方からファドのコンサートに。
始めてみるポルトガルギターはかなり小ぶりだった。
アコースティックのインストグループで二人組みというと、音の薄さが気になりがちだが、ポルトガルギターやマンドリンの「音圧」がかなり心地よい。
帰ってからアマリア・ロドリゲスのライブを聞きなおしたけど、やっぱりバックはポルトガルギターとギターといった小編成なんですね。
曲はモロのファド(コインブラとか)からCMで流れる曲・映画音楽までかなり幅広かった。
一度歌入りでファドだけを聞いてみたい。
ちなみに、演奏前・1部2部の間のBGMはデュラス・ポンテスでした。

ポルトガルギターはギターやマンドリンに比べるとすごくビブラートが深い。
もしかしたらチョーキングに近い奏法を使っているのかもしれない。
三味線の「音程の不安定さ」を思わす感触があって、かなり日本人好みな音といえよう。
(かなり調音がムツカシイとうい話しでした)
音楽の基本が「サウダーデ」(哀愁・郷愁)で、日本人の極めて情緒的な感覚に響くところがある。
一度リスボンまで出かけて本場モンを聴いてみたいと思いました。

ファドに興味のある人は、久保田早紀の3枚目その名も「サウダーデ」(1980年頃発表)を聴いてみることをお推めします。
かなり安い値段でCD化されていているはず。
大ヒット曲「異邦人」と何曲がファドアレンジのポルトガル録音で、すごくいいできです。


6/23(土) うどん
久しぶりに高松にうどん。
T田氏一家のオデッセイに7人フル乗車で高松自動車道を北へ。
T田氏は僕と同じ頃に浜松に住んでいたらしく、驚いた。
以下全部高松市内の店です。

中北
過去数回行った恐ろしく細い路地ではなく、西から入るルートで(byNムラくん)。
やっぱり細いのだけれども「しわい角」が無いので少し楽。
毎回思うがやはり出汁が薄い。天ぷらと合わせ技でないとね。
コツルばあちゃんがいなかったがまだ健在なのか?
池上
ここがメインの目的だったのに、「都合によりお休み」。
まあ長年ディープなうどん屋めぐりをしているとこういうことはよくあるので、しょうがない。
大抵老夫婦2人とかでやっているので、なんかあれば休むよ。
場所だけ確認できたのでOKとする。
あたりや
完璧に高松方面の定番店。
相変わらずがっちりした麺のレベルの高さは変わらない。
出汁もどうやったらこの味がでるのであろう?
それと「おいしい水」に1と2があるのが笑えた。
若い店員の態度が最近パッシングされ気味の店なのだが、これだけレベルが高ければ文句なし。
馬渕
3回目だが実は私は好みではない。
特にあたりやの後に行くと麺の腰の無さがひどく気になる。
しかしこういったセルフの店は香川のうどん屋らしい雰囲気がいいですね。
ちょうど昼頃で、近くのおばちゃんたちがたくさん「持ちかえり」の順番を待っていた。

この日は時間の都合で、甘いものなしで、再び自動車道で帰徳。
予定通り1400時には会社の駐車場にいた。

夕方からD-BOXに「鬼尻キング」(R&B系)を見に行くつもりだったが、「ちょっと昼寝」をしていたら夜中0時過ぎまで寝てしまった。
最近こういう状況が多い。

6/24(日) 空港・英語・風呂・寿司
久しぶりの快晴。
思いつきで、徳島空港に飛行機を見に行く。
妻が妙に空港好きで、結婚前はよく広島空港(広島市内にあった頃)や岡山空港に行ったものだ。
僕も長らく出張がなかったので、3年振りくらいの空港だったが、今更ながら規模の小ささを痛感。
昼過ぎの発着便の少ない時刻で、結局プロペラ機のコミュータの発進を1つ見ただけで終わった。

休日の行事としては、あまりに地味なので、その後鳴門市内の公園に。
4月始めにライブをやった場所だ。
行ったらいきなりEnglishTeacherの小原氏(米国人)とその息子たちに会う。
会社以外(ライブハウスとか)でばったり会うときはいつも小原氏+双子の息子なのだが、僕は未だに奥さんを見たことない。

先生は(当然)僕の前では英語しかしゃべらないのだが、親子間では小原氏が英語・息子たちが日本語という妙な会話をしていた。
僕がそれを指摘すると、子供たちは「シャイ」だから他人の前ではあまり英語を使わないらしい。
我が家でも親は岡山弁だが、子供たちはべたべたの阿波弁を使う・・・ちょっとレベルが違うけど。

双子の少年たちは、ハーフだからか、西洋人だからか、かなりの美形に見える。
うちの息子と並べて見ていたら、随分プリミティブな容姿である。
西洋人の美的感覚に犯されている僕らが情けないんだけどね。
でもやっぱりうちの子がサルに見えていかんなあ。

小原氏が帰った後、娘がやたらと温泉に行きたがるので、近くの「遊々館」というヘルスセンターみたいなところで風呂に入る。
それから徳島市内に戻って、やはり子供が好む回転寿司に。
久しぶりに家族サービスの一日でした。


6月30日
マドリッドの夜
その夜も僕は妻が寝た後、オテル近くのバールに行きビールを飲んでいた。
マドリに来て2週間、GRAN VIA沿いの安いオテルでぼんやりしている。
同じEUの中でも、スペインは大体生活費に関するものがなんでも安くて、ホテルの一泊素泊まりが一人2000円なんて、贅沢の部類に入る。
僕らは毎日昼前頃起き出して、市内のPLAZAをふらふらした後、午後2時くらいから昼飯を取る。
日本人にして見ると随分遅い時間なのだけれども、かれらラテン民族は昼飯とその後の昼寝をもっとも重んじている。
いったん自宅に帰ってお昼ご飯を食べるからそういう時間になるのだろうか。

そういう生活リズムだから自然、夜も遅い。
夜9時くらいからゆっくりディナーを取る。
それからフラメンコを見に行くのもいいのだが、妻はどこにいても早く寝てしまうので、大抵、夜中12時前後は僕一人でBAR(バル)にいることになる。

このBARでの注文の仕方が未だによくわからないのだが、酒の肴に何を頼んでもパンがくっついてくるのはちょっと困る。
ハムでもアンチョビでもサラダでも小さなパンがいっしょだ。
ちょっと顔見知りになったバールのマスターが、アンチョビをおごってくれる。
冷たいビールによく合うのがうれしい。

しかし実は首都マドリッドの街中のBARでも、日本人が飲んでいるのは見たことがない。
他の客が東洋人の僕をみると一瞬ギョッとしているのがよくわかる。
もうある程度なれてしまったけど、いつまでたってもこの国では異邦人だ。

庶民の大衆酒場のようなBARでは、やはりワイン(VINO)がメインだ。
グラス100円もしないVINO、それも(黙っていれば出てくる)赤-ビノティントが実にうまい。
自然風土のせいか、僕はスペインに来るまでこんなにワインがおいしいものだとは知らなかった。
ワインとパンはどこにいっても「はずれ」がないのは、独特の食文化といえよう。
それと魚関係がいいね。

多分明日かあさってには、マドリを離れて北西のカンタブリア海沿いに行くだろう。
途中の高原を走る鉄道が楽しみだ。

ガリシアやバスクの田舎に行けば、中南部以上に東洋人慣れしていないのはしょうがないのだけれども、CHINO(チーノ・中国人)といってバカにされるのはやっぱりいやだなあ。
まだハポネスで差別される方がいいかな。


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日々雑談:2001年06月