日々雑談:1999年8月
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8月30日
なぜ駅ホームのBGMは不愉快か。
夏休みに3日間JR乗りっぱなしであちこち行っていたが、最近多いですねえ。
駅の構内放送の合間に音楽を流しているんです。
イージーリスニング風のピアノ曲だったり、もろJ-POPSだったり、明らかなコンピュータミュージックだったり。
どれもこれも100%耳障りです。

しかしなんでだろう?
例えばデパートの中、美容院で、喫茶店で、有線のBGMが流れていても、それに文句つけるやつはいないだろう。
でも、駅の音楽は本当に不愉快だ。まじで駅員に抗議しようかと思った。
もし毎日乗り降りする駅がそうだったら、勇気ある眼科医のように僕も駅員に文句を言うと思う。

理由の一つとして、駅という開け放された空間では音場としてそれ自体かなり無理がある。
普通のコンサートでも野外で音がどうしようなく拡散して非道い。
閉鎖された空間でも武道館やドーム球場なんてホントは音楽を演る場所ではないよ。

加えてJRのスピーカーは絶対にしょぼい
基本的に「列車案内を伝える」目的のスピーカーだから、人の声が聞き取りやすいように中低音がカットされている。
そこで音楽を流すと、シャカシャカ・キンキンした音にしかならん。
そうだ。少なくともJR駅のホームに、BOSEのスピーカー(!)は設置されない。
似た例に、駅前の商店街とか、観光地の野外売り場で流れている音楽も異常に耳障りだ。

それと理由が今一つはっきりしないが、デパート等のBGMは聞き流せるのだが、駅のホームでは嫌がらせの雑音にしか聞こえない。
シチュエーションの違いだろうか。
少なくとも駅のホームは「BGMによって快適になるような場所」ではないのだ。
例えば、駅の待合室であれば、あんまり気にならないかもしれない。

電車の発着時の案内放送もうるさくて腹が立つのだが、その前後にあきらかにコンピュータ制御で流す音楽もすごくつらい。
よく覚えているのはJR新宿駅の「いい日旅立ち」。もろシンセ音。
「やっぱり、中央線の始発駅には、山口百恵の名曲がマッチするよなあ」とか駅の職員会議で決めるのだろうか。
なんなら狩人のあずさ二号でもいいぞ。
それで特殊音響器材のメーカー営業(RやY)が、それ用の音楽データ(MIDI)を持ってくるのかねえ。

パソコンショップなんかで、自分の店のテーマソングを大音量で一日中流しているのも発狂しそうになる。
一番ひどいのは祖父マップかな。砂糖無線もしつこ過ぎるぞ。
店員は仕事中ずっと聞かされていて頭がおかしくならないのかな。

とにかく音楽がある空間は快適という単細胞な考え方をどうにかしてほしい。
もし、駅のホーム上が完璧な音場であり、ぼく好みな音楽が流されるとしても、やはり無音の方がいい。
聞きたい音楽と聞く場所は自分できめる。
他人に無理矢理聞かされるのは拷問といえよう。


次は通信カラオケの伴奏の悪さにはゲロが出そうになる・・・という話を(そのうち)書きましょう。


8月29日
なんにつけ、なかなか思うようには物事は運ばないものであれこれしんどいものです。
時として「見えざる手」が人生を思いっきり押し曲げてしまう。
そういうときは神様に文句の1つも言いたくなるものです。
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今更ながら中古CD屋で山下達郎のCOZYを購入。
この人のアルバムは録音技術の進歩がよくわかって、どんんどん音がよくなる。
でも、基本的な曲作りとかアレンジとか20年前からぜーんぜん変わらないよね。
すごい「一徹さ」だと思う。


8月28日
鴨島三木、ますます旨い
今日の夕方、飯時になっても全然空腹にならない。
とりあえず食卓についたが、出されたものの半分も食べられなかった。
あれ?なんでだろう。

私は日頃、食べ物を残すことに、妙な道徳的罪悪感があって、外食した時などどんなに不味くても全部食べてしまうことにしている。
ありゃ、夏ばてかなとか、なんか精神的にストレスがあって食べられないのかしらんと思う。
僕は(多分)普通の人以上に、ストレスがいろいろ悪影響のもとになりやすい人間なのでそう考えた。

んが、妻に言われて気が付いたのだが、「あんた、昼にうどんたくさん食べてきたんじゃあないん?」
あ、そうか。
今日は昼に例の鴨島の三木に出かけてうどんを3杯も食べてきたのだ。
これが意外と腹持ちがよくて、夕方になっても食欲が復活しなかったのだろう。

今日はJ麺通団のY居夫婦と女王様、それから香川から遊びに来ていたK山氏&その会社の人と三木に食べにいっていたんだった。
11:30に店に行ったら、まだだれも来てなかったのだが、我慢できなくてセイロに乗っていた麺をひとつ醤油うどんで食べた。
それから、次に茹で上がったばかりの麺を釜玉でいただいた。
更に、冷水で絞めたばかりの麺も醤油で食べました。
三木の1玉は<B>讃岐のその手の店に比べると1.5倍くらいの量があるので、3玉食ったということはかなりの量だ。
これじゃあ、夕方になっても空腹にならんよな。

三木の麺は卵とかなり相性がいい。
なかむら(香川飯山町)以上の相性化もしれない。
だから三木に行ったら必ず釜玉を頼むし、ついでに冷たいのも食べてしまう。

鴨島の三木、いいっすよ。
なかむらに比べるとちょっと麺のコクが薄いかなあ。
でも、それだから軽くつるつると何杯も食べることができる。
こんなナイスな店が徳島にあるなんてなんて幸せ(実感)。

ところで前回のツアーで谷川(琴南町)が臨時休業で食えなかった。
これがものすごく残念で谷川に行きたくてしょうがない。
明日にでも谷川だけを目的にちょっと食べに出かけてこようかなああ。


8月25日
打ち立てのうどんを食べさせてもらった話
昨日(8/24)は夕方からうどんを食いに街に出ていた。
発端はうどんのMLらしいのだが、うどんを打って食わせてくれる企画があったのだ。
レコード屋経営&ミュージシャンの泉さんというひとと、陶芸家の森さんの二人が、市内の竹庵といううどん屋を借り切って、うどんを打った。
うどん好きも極まると、自分で麺を打つ世界にいってしまうようで、粉はどこの何がいいとこだわったり、麺を伸ばす棒や麺切りの包丁なんかの道具を用意したりする。
ちなみに昨日食べさせてもらった麺は、緑アヒル・すずめ・金魚とかいう銘柄の粉で、どれがどうだか私はわからないのだけども、金魚はなかむらで使っている粉だそうです。

まず粉に適量の水と塩を混ぜて(分量はかなり細かい)こねる。
こねた固まりにビニールを乗せて上からひたすら踏むのである。
見ていると4・5回まんべんなく踏んでいた様子だが、いわゆる「うどんの腰」は踏んでできるらしい。
踏んで伸ばしてナンのようになったものを再び団子状にして、しばらく置いておく。
それからまた踏んで少し広げ、綿棒を使って伸ばすわけだ。
伸ばして、たたんで切ると麺になる。
粉をこねてから、切った麺をゆでるまで軽く2時間以上。
この工程を、時々手伝わせてもらないながら、あきずに眺めていた。

参加者は麺打ちの二人以外に、僕らJ麺通団の3人と、放送局関係者らしき3人、バイオのカメラで撮影していた学生(?)さん。
そもそも徳島で怪しい讃岐うどんの話を盛り上げたのが、地元局の番組で、そこで泉さんがしきりとなかむらや谷川を絶賛していたのだ。
僕が最初に番組を聴いたときは、いきなりディープな製麺所の話が出てきて、ひっくりかえったもんだ。

で、茹で上がった麺を釜玉やひやひやで、5、6杯食べたのだが、打ち立ての麺のなんとまあおいしいこと。
もちろん泉さんも森さんも単なるうどん好きで、素人なのだが、それなりに研鑚を積んでいる様子で、「今回はなかむらの60%くらいまでいけたかな」とか言っている。
泉さんは3日に2回はうどんを打っているらしい。
確かにうまい。腰がある。

私も見ていて自分で打ちたくなってきた。
どうしよう。
とりあえず粉を買ってきて、麺棒があれば打ってみることができるだろうか。
そのうち調理師の資格もとって、脱サラしてマニアックなうどん屋を始めよう。
とかいっても、やっぱりプロの世界はいろいろ難しいにちがいないのだが。
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というわけで、今週末またまたまたうどんツアーなのだが、今度はどこに行こう。



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