ゆっくり上下する胸元、呼吸する彼女の頬を銀髪が撫でる。
その様子をつぶさに見詰めるクリーム。その隣にはチャオのチーズ。彼女はここへ来る前から意識がないままだ。

エッグマンの巨大戦艦が街に現れてから、ソニック達は対峙しそのまま追い駆けて行ってしまった。
残されたエミーとクリームはただこのレインボーシティで待つことしかできなかった。その間は引き続きスフィアの家にお世話になっていた。

「どうせまた、ふらぁっと戻って来るんだから。」

そう述べたのは家主の妻でスフィアの母親。彼女の息子は毎度帰宅が突然だとあきれた物言いだった。
ソニックにしても、テイルスやナックルズの事である。取り立てて心配はないが、どこへ行ってしまったかだけが気がかり。

女三人で談笑していた時だ。外の様子が慌ただしく、様子を見に行くと空がとても暗い。
雲ではない何かが太陽光を遮っているようだ。その物体をを注視すると、見覚えのある船だった。

それは以前この街付近まで航行してきた、あのエッグマン戦艦だった。

彼が再来襲してきたのか。緊張が走り、街中も恐怖と混乱に覆われつつある。
距離感を失うほどの巨大な姿は、居るだけで圧し掛かられるような圧迫感を覚える。呼吸に苦しさを覚えるのは緊張からだけではいだろう。
じっと、機体を見据えていた。その中から一つ影が放たれるのが見えた。次第に近づいてくるそれは、見知った青い複葉機。

「ソニックさんです!」

トルネードⅡを操るテイルスといつもの機体上部に立つソニック。そして彼が抱えているのは真っ白い、強風に煽られる白い髪。
ヴィクトリアを抱いているのが見えた。エミーにも、スフィアの母にもそれがわかり、真っ直ぐこちらの方へ向かっている。
家の裏手へ暫く行った場所にはスフィアが趣味で建てた飛行機工房がある。そこに着陸するつもりらしい。
唸るエンジン音を空へ置き去りにする勢い。そのぐらいあっという間に到着した。

なぜエッグマンの所から彼らが出てきたのか、彼女を抱えているのは何故か、そもそも今まで何をしてきたのか。
聞かなければならないことが沢山ある。三人は彼らを迎えに走った。

「後でちゃんと説明する、とにかくコイツを休ませてやってくれ。」

開口一番、ソニックはそう答えた。
彼が抱え居る彼女の状態を見て、三人は何を優先すべきか悟った。

ヴィクトリアは既に意識がなかった。眠っている状態で、そのまま彼女が使っていた部屋へ担ぎ込まれた。
現在に至るまで、周りが慌ただしい中クリームが看病を任せられた。

エッグマンを追い駆けた事、その後戦艦が彼女の所有物になった事、バビロンの事、フローライトタウンの事。
ソニックは事の顛末を話してくれた。傷ついた難民の受け入れでこの家にもまた住人が増えるらしい。事情を理解し皆が対応に追われていた。
その間主にクリームが彼女を看る事になった。何かあったら知らせてね、スフィアの母はそう言うと慌ただしく部屋を出て行った。


寝ている。間近で見る素肌は透き通るようで、初めてデパートで見かけた一瞬で見惚れるほどだと改めて感慨に浸る。
寝顔。日頃どこか険しく人を寄せ付けない風だった彼女の緩んだ姿。初めて見る姿にチーズも物珍しげにまじまじと覗き見ている。
その寝顔が見る間に曇っていく。眉間にシワが寄り唇を強く結んだ。呼吸もにわかに荒くなり、苦しみ始めた。
クリームは呼び掛けた。目を覚ますのかも知れない。今まで安らかな姿のままだったところで初めての変化だ。ヴィクトリアさん、チャオ、彼女たちは呼び続けた。

しかし反応はなくそのまま彼女は唸り、歯を食いしばり、掌は強くシーツを握りしめていた。悪夢に魘されている。だから早く目を覚まさせてあげたい。
唸るうち彼女は次第に言葉を発し始めた。う……あ……。何かを訴えようとしている傍ら額には汗が噴き出している、既に全身から掻いているかもしれない。

かく言うクリームも冷や汗していた。みんな、みんな。うわ言を繰り返す彼女。早く消さないと、みんなが、燃えてる、早く消えろ。
段々言葉にならなくなってゆき、反対に声量が増してゆく。叫びだ。彼女の声は次第に叫びへ変貌した。

「あああああああぁぁぁぁぁ!!」

ベッド上で仰け反り、腰が一瞬宙に浮いた。腹の底から力の限り嘆き声を上げると、ストンと落ちた腰のように状態も鎮まった。
荒い呼吸だったものの必死に整え治そうとしているようだ。そんな息の切れ間に最後に一つ呟いた。

「アウラ……」

その単語だけ縋るような、弱く切ない声で呼んだ。怯んで離れたクリームだったが、聞こえた音をそのまま繰り返している間に、彼女は目を薄く開けていた。
大丈夫ですか、話しかけると顔を向き直して反応した。まだ状況が理解出来ずに、おぼろげに見た姿を見て「クリーム……?」と小さく呟く。
彼女の声を良く聞こうと傍に寄るクリームだが、部屋の外から大きな足音が近付いてきていた。
そのヒトは慌ただしく、扉を乱暴に開けた。

「どうしたのクリームちゃん!何があったの!ああ!」

スフィアの母は部屋へ入るなり、目覚めたヴィクトリアを見て驚いた。
ついに起きたのね、合点のいった表情を浮かべるなり彼女はすぐさま他を呼んでくる、とまた大きな音を立てて扉を閉めた。
慌ただしい人。二人は呆気に取られ互いの顔を合わせるばかりだった。


夢を見ていた。眠った時に必ず見る夢。意識が醒めてきた彼女がクリームにぽつりぽつり話し始めた。
いつも、必ず決まって同じ場面、そして声を上げた後汗だくになって目を覚ますのだと言う。
それをコップに入れた水を受け取りながら話した。話し終え、水を飲み干し彼女へ返却するとベッドの端に腰かけた。
廊下の方からはバタバタと忙しない音が漏れる。さっきスフィアの母が呼んで来た皆が向かってくるようだ。

落ち着きを見せていた彼女だが、まだ廊下の様子に気付いていない。ベッドから降り歩き出した。
クリームの傍を過ぎる時彼女は、気持ち悪い、ボソッと呟いたと同時に纏っていたものを体から外し始めた。
彼女が向かっているのは、扉。上着、ズボン、靴、更にその下に身に着けていたもの、衣服の全て脱ぎ捨てながら部屋を出ようとしている。
まだ呆けているのか、それほど汗が我慢ならないのか、クリームは驚き慌てた。
これではまずい。淫らな姿になった彼女が皆と鉢合わせしてしまう。廊下から聞こえる足音はもうそこまで迫っていたのだ。

「は、入ってはイケマセーン!」

咄嗟に大声を上げ、扉を抑えた。向こうからは力任せに押してくる圧力があるものの、クリームの訴えとあって本気で突破するほど勢いはなかった。
何があった、事情を説明するにも何と言えば分からず、とにかく入ってはいけない旨だけを繰り返した。
衝突を免れ、ため息を一つ吐いたクリームの目の前には、一糸まとわぬ彼女の姿。

「服を着て下さい!!」


彼女は一度入浴モードに入ると何時間も出て来ない。
目を覚ました彼女が一番初めに望んだ事だから止める余地はなく、あの後何とか服を着てから部屋を出てもらい浴室へ向かわせる事が出来た。
彼女の怒号で様子を察した扉の向こうは、ありがたくも気付いた時には全員居なくなっていた。

彼女が入浴している間、悪夢に魘された様子を皆に伝えた。いつも同じものを見ることも、ただその内容についてはまだ話してもらえていない。
全ては彼女が浴室から上がってからだ。当の本人がいる風呂場からはまだ鼻歌が漏れていた。












































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覚醒せよ、常に夢魔が待ち構える故。
自由な振る舞いを見せる彼女が描けて満足。