避難民の中にいた町医者に協力を願い、ヴィクトリアの容体を診てもらった。
昏睡状態にあるものの命に別状はないとのこと。脈拍も呼吸も安定している。
ただこの状態が長く続く場合は、やはり大きな病院で検査が必要になる、とも言った。
フローライトタウンの病院は被害者達の受け入れで混乱していよう、物資も不足し彼女の診療に当たるどころではない。

ウチに戻ろう、と言ったのはスフィア。レインボーシティの病院になら、もしもの時に担ぎ込める。
彼女以外にも怪我人は沢山いるし、戦艦での放浪を望まない者だっている。そういった者たちを一時的にレインボーシティに置いておけないかと考えた。
何より急な事でエミーとクリームも置いてきたままだだ。彼のホームで体勢の立て直しを計るのだ。


意識を失ったヴィクトリアはクァイ・ア・クィスト内の彼女の部屋へ移された。
アルマジロを全て町から追い払い終えたソニック達は、帰還してからというもの彼女の容体ばかり気にしている。
大丈夫かな、何があったのだろう、目を覚ますのか。彼らはそれを繰り返しているだけ。
エッグマンの目にはそれが大変滑稽に映った。今回の事で一々気にしているなど心配性も甚だしいと、本当にそのまま言ってやった。
一斉に気に掛けて当然だ、仲間なんだから、という趣旨の言葉がこの第二会議室内に鳴り響く。
本当に青臭い連中だ。甘い考えばかり持っているから、ここは一つ黙らせてやる必要がある。

「貴様ら、これが初めての事と思っておるのか?」

ヤツが意識を喪失させた事が。ここにいるほとんどに心当たりがあるはずだ。誰だというでもなく指差しし、強く問う。
ブレイズとシルバーはその場に居合わせていないから周囲の様子を窺っていた。
しかしソニック、テイルス、ナックルズ、そしてスフィアらは事を見守っていたはずだ。
それを自覚したか、彼らは一様に顔を見合わせた。

「あの時……!」

アルマジロがレインボーシティを襲撃した時の事だ。
彼女が連れ去られる際の姿はとても力ない姿をしていた。あの時既に意識がなかったのだ。

「如何にも、ワシがこやつを回収出来たのも、気を失ったタイミングだったからじゃ!」

威張る事じゃない。また一斉に声を荒げられたが気にする事はそこではない。
「何故」意識を失っていたのか。二度とも状況的に外的な要因は考え辛い。
持病も先程簡易的にだが、診療した結果何かを抱えている可能性はほぼない。
何ゆえに昏睡に至ったか。

「大体、貴様らはヴィクトリアが何者なのかわかっておるのか?」

誰もが口を閉ざした。ただ自分のため息だけが室内に小さく響いた。
呆れた連中だ。何も知らないでいて何が仲間だと言うのだろう。

「仕方ない者どもじゃな。ここは一つ、ワシが講義してやろう。」

受講料は高くつくがの。高笑いを受けたソニック達の顔といえば、懐疑的に硬く結んだ口とは裏腹に好奇の目をしていた。
興味は津々、ただワシの口からと言うところが引っかかるのだろう。そんなことはどうでもよいがの。
どの道知ってもらわなければならない事なのだ。

「なんでテメェがアイツの事を知ってるんだよ!」
「ワシは元々奴の研究目的で動いているからの、その発表の場をもらって良いじゃろう?」

高さ二メートル足らずのワイドメインモニターに視線が集まるように作られた会議室は、講義という使い方にも都合が良い。
横並びの座席はそれに集中するように、緩い曲線を描き並んでいる。
聞きたくば着席するが良い。そう言って真先に座ったのはソニックだった。

「教えてくれエッグマン、アイツ、ヴィクトリアの事を……!」

ふん、良い心掛けじゃわい。目付きは相変わらず憎たらしいほど強い光を湛えている。
続けテイルスら全員が思い思いの席に着いた。



「ヴィクトリアは、森の奥で暮らしていた少数民族『ウルフドッグ族』の生き残りでな。
 古来より外部との関わりを持たず、潰えるまでほとんど原始的な生活を続けてきた民族じゃ。」

リモコンに手を掛け、メインモニターを起動させる。映像付きで解説をするのだ。
表示されたのは地図。かつてナックルズ族が隆盛を誇ったとされる地域だ。

「一族が絶えたのはほんの十年ほど前、侵略にあったのじゃ。
 かつてはナックルズ族の侵攻も阻んだ一族じゃったが、調べによればどこぞの私設兵団によるものだったらしい。
 流石のウルフドッグも現代兵器に敵わなかった、とはワシは思っておらん……!」

画像は赤色が地図を飲み込まんと範囲を広げるが、一部の青色を囲んでも消し去るほど覆う事が出来なかった。
「それはなぜか」問いを与えてみるがヒントも無しに答えられるものではない。
期待通りの沈黙が返ってきた。だがこれはちょっとした講義の流れを作るもの、次の問い掛けが本命。

「諸君も実感したであろう、敵の攻撃が寸前で防がれる現象。同時に身体の調子が上向くのを感じたか、それが何かわかるか?」

モニターはウルフドッグのモデルを映し出し、その左手へズームアップした。
ソニックがハッと顔を上げるのが伺え、そんな彼をシルバーは見逃さなかった。
テイルスとナックルズにも経験があり、二人で顔を見合わせていた。
ブレイズは画面を睨んでいた。モデルにはないが彼女にはあったはずだ。

「そう!それこそが ウルフドッグに伝わる紋章『ウル・カスタ・ヴェラ』の力!
 味方を守り活かす能力。これでウルフドッグは最強の防御力と最高のコンディションを我がものとした。
 それが兵器を導入されたからと言って易々と破られるものか?」

答えは既に出ていた。否。過去二度に渡って完全にアルマジロの攻撃を防ぎ、このエッグマン戦艦の砲撃も阻んだ紋章の力。
そして身体能力補助により最大限の攻撃力を引き出す、どんな兵器が来たところで簡単に破れるものではない。
講義の成果が出た事はシルバーの表情を見て感触を得た。傍目から見た方が変化は観察し易い。

「ただしこれだけの能力、無論大きな対価を払うのじゃぞ……!」

自身の眉間に深いシワが刻まれている事だろう。前のめり
に話すから照明が当たらず、表情もより陰り険しく映っていると思われる。
全員固唾を呑んで次の発言を待った。彼女は何を犠牲にしていたのか。
それは

「生命。ヤツは自らの命を贄に紋章を操っている。使用するほど紋章に魂を喰われるのにだ。
 最後にどうなるか想像できるか?ただ死ぬのではないぞ、命を奪われ、肉体はこの世に塵一つとして残らん。
 そして魂は永遠に囚われたままになるじゃ……!」
「そんな話、信じられないよ!」

声を張り上げたのはテイルス。同時に席から立ち上がっていた。
研究の成果とはいえこの話、実は何も実証はされていない。しかしそれは不可能で、むしろ阻止しなくてはならない。
エッグマンの講義は資料を解析し知り得た内容に過ぎない。まだ確証はなく反論されるのは百も承知。
だからこれを跳ね返すネタは既に構えてある。
テイルスが異様に反応してきたが、訳まで知る由もないし、見せつければ黙るはずだ。
リモコンを操り再度画面を切り替える。

「これが本当かはまだ検証せねばならん。ただ一つ言える事は……」

画面はヴィクトリアを撮影した画像になった。それも二枚。
一つはハンターズベッドの監視カメラに映り込んでいたもの。
もう一つはこのクァイ・ア・クィスト内に設置されたカメラの映像。二枚の画像は次第に、左手へとフォーカスされる。
拡大レベルが上がるにつれ一人ずつ、やがて全員が見付けた事実に驚愕した。


手首付近だけだったはずの紋様が、肘より上、肩まで伸びている。


「この紋章は生きていると言っていい。喰らった魂の分だけ体を覆い尽くす」

全員の顔が青褪めた。一斉に呼吸が止まり、表情が固まった。
紋章が生きている。そんな事実を突きつけられても俄(にわか)に信じ難い。
彼女があの紋様を自分で増やしているのでは。ただやる意味が見付けられない。
画像が加工である。それはあとで実際に見てみればわかる事だ。
出会ったばかりの頃から紋様は変化を見せた。それは動かぬ事。
テイルスもついに力なく着席した。

気絶と対アルマジロと肩まで達した紋章。
過去の文献とこれらを結び合わせた結論が、命を代償に力を与えているということだ。
確証は依然としてないが、不可思議な体験が伴い理屈にならない説得力を持っていた。

彼女は自分達の為に二度紋章を使用した。
それは彼女自ら行った事だが、見た限りここの連中は享受するばかりでリスクを思慮できなかった事を悔やんでいる。

「なぜこんな話をした!?」

今後彼女に力を使わせることはできなくなった。
これまで戦いを有利に進めてきた力だけに、使えなくなるのは今後の戦況に響く。
この先も甘えられるとでも思っていたか。問いに彼らから返す言葉が出て来ない事が、悲しい。

わかっていれば使わせなかった。わかっていれば能力に甘えたりなどしなかった。
今更になってこの発言か。きっと伝えなければ、彼女が何も言わなければ際限なく力を使役させていただろうに。
リスクの有無に関わらず強大な力に縋る事は、協力とは呼ばない。
あの狼は理解の上で黙っていたのだ。自分さえ負担を被っていれば、この力を存分に活かせるのには間違いない。

「貴様らの都合で、折角の研究材料を失うようなことがあっては、堪らんからな!」

そして紋章が他へ宿主を喰い尽くした後の危険性を考えれば、釘をさしておくのは最もだ。
彼らには「彼女が消える」しかまだ見えていない。彼女が「消えた先」も憂慮しておかねばならないのである。
紋章に消えられたら利用するどころではなくなってしまう。
いや、研究が正しければ消えない。宿主を変えるのだ。だからウルフドッグ族の中で受け継がれて来た。
次の犠牲者として。

早くこの紋章の正体まで付きとめなくては。
サンプルがまだ手元にいる内に。












































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民俗学の授業。
講義は本来の仕事のハズ。