時計の針の長短が、頂上で互いに重なり合うか合わないかの頃。テレビは新任の大統領による演説の模様を映し出していた。
画面の中心に居る人物の名はアイ ド・L・ヘッジホッグ。先の選挙により国民から圧倒的多数の支持を得て選ばれた、新時代の大統領だ。

名前から推察されるように彼は、ハリネズミの亜人。連邦政府樹立以来初めての亜人大統領が誕生したのだ。
この事は彼が出馬した当初から話題となり、当然リビングでニュースを見ていたエミーも、彼の名前と顔を把握していた。
中継されているのは彼の就任演説だ。

「この人がハリネズミ初の大統領なんでしょ。すごいわねぇ。」

誰に聞かせるでもなく声にする。リビングに居合わせた人が聞いていればそれで良い程度の呟き。
昼時とあって、まばらにヒトが集まり始めている。スフィアの 母は既に昼食の準備に取り掛かっていた。

関心にため息が漏れる。
画面の先のハリネズミは、自分が情愛を注ぐ姿よりも、耳が長く尖っている。
種として近しいのに、前例のない偉業を成し、更に躍進しようという者が居るの だ。
スピーチの迫力を通じ、彼のオーラに当てられ、エミーは姿勢を崩しテーブルに頬杖を付いた。

彼の演説は続く。
個々に大きな力が眠る。
それは人種も性別も関係ない。
一人一人が潜在的に持つ力、それを発揮さえすれば社会は、そして世界は一段高い飛躍を遂げる事が出 来るのだ。
大まかな趣旨はこういったものと、エミーが受けた印象はそうだった。

「そうか、ついにここまで力を手にしたか……」

小さく、でも真後ろで囁かれ聞きとるには十分。ヴィクトリアがいつの間にか、テレビ中継を見ていた。
どうしたの。声を掛けてもずっと画面を見つめて、返事をくれない。視線の先の人物は依然、身振り手振りを交え、一言一言力強く発する。
新大統領の姿は統率 する者として恥じない気概を放っていた。

ヴィクトリアの顔が一瞬険しくなった。下から覗く顔に、眉根が寄るほどではないにしろ力が籠ったのがわかった。
そしてテレビの方へ近寄ると、振り返った。

「私は今後、犯罪者として扱われる。そういった人物との関わりを断ちたいのなら、早い方が良い」
「へ? ビッキー、あなたいきなり何を……」

突拍子もない事で、変な声が出た。犯罪者。悪者なんてエッグマン位しか思い当たらないというのに。
何で。思うだけで声にならない内に、彼女が語りだした。

「画面の男、アイド・L・ヘッジホッグこそ私が追い、そして私を追う者だ。
 ついに大統領にまで上り詰め、連邦政府、それに従属するGUNも掌握した。
 大き な権力を手に入れ、今後、それらを駆使して表に裏に、仕掛けてくるのは明らかだ」
「そんな、選挙での支持率も相当だったのに、実は悪者だったっていうの……?」
「いや」

漏れるような疑問に即応するヴィクトリア。彼は、悪では無いという。続く言葉を待ち、昼食に集まった全員が押し黙る。

「彼は良い大統領だろう。知力もある、精神力もある。何より人を惹き付ける魅力がある。
 皆の期待に応え得る、新しい時代を駆けるのに相応しい人物だ」
「なら尚更、どうして? あなたと新大統領との関係は……」
「彼には純粋に目指している物がある。その過程で大統領になったに過ぎない。その目指す物の為に私を追うのだ……そして」

そして。自分とアイドとの関係は、今後関わりを断つ物に教える必要などない、と続ける。彼女から、深くかかわるなと警告されているようだ。

しかしにわかに信じがたい。世間、いや世界全体から認められた権力者。新風を期待して彼の得票率は異常ともいえる数値を叩きだした。
その上での就任であ る、世界には彼に反対する者が、いない。決してゼロではないが、しかし圧倒的多数が彼を支持し、協力し、従う。
世界が彼のカリスマに魅せられている間、彼 女は、事実上この星から身を寄せる場所を失くすのだ。

彼女を捉える為ならば罪状でも何でもでっち上げられる。今まで秘密裏に行われて来た追跡が、世界を味方に表立って行われる。
そう言った内容を延々話す彼 女。だから。

「だから、傍に居るだけで危険が降りかかる。自分の身を案じるならば、私の下から去り、金輪際関わらない事だ……」

私は今日にでもここを発つ。
もとよりテロリスト認定を受けるエッグマンには選択権などないと、超大型飛行船クァイ・ア・クィストを操縦させ旅立とうと言う のだ。
先日フローライトタウンから避難してきた人たちの受け入れも、大分落ち着いてきていた。
仮宿に使われていた戦艦が発ってしまっても、もう街からの協力によ りどうにかできる状態であった。引きとめる口実にはならない。

リビングのみんなが言葉に窮する。彼女に味方することが即ち、世界を敵にするという事だ。
ソニックも安易に返事出来ないでいる。テイルスは何とかしたいと 彼女のことを案じている。けれどやっぱり答えが出ない。
ナックルズとスフィアはどう考えてるかわからない、でも一様に悩んでる。
最後に、クリームの顔を覗いた。その瞬間に答えが出た。凄く心配して、凄く気を遣ってる顔。そして目と目があったとき、エミーはそう思った。

「だったら余計、一人じゃダメじゃない。すっごく大変になるとわかってるんだから、みんなで乗り越えなきゃ!」

彼女の目が見開いた。面喰ったという表情だ。直後、俯いて髪に顔が隠れてしまった。
ほんの数日ずつぐらいしか関わっていないが、それだけでもこのヒトが到底悪者とは感じなかった。
むしろこの時、自分たちを気遣って自らを『犯罪者』などと 口にしたのだ。
不器用で、差し伸べる手の掴み方も知らない。そんな印象をエミーは持っている。

みんなもそうでしょ。声掛けて見た時にはもう、全員の表情が晴れていた。大丈夫。みんながいれば世界を敵に回しても何とかなる。

「どうして……いや、なら……」

ブツブツと二、三聞き取れない呟きをして、そうしてからついに彼女が顔を上げた。その顔から迷いは消えていた。
いつもの凛々しい表情。そしてエミー達に告 げる。

「来るかは、個々の自由だ。そして何が起ころうとも自己責任。覚悟の決まった奴からクァイ・ア・クィストに乗船することだな」

以後、降りたい時に降りればよい。いつものように突っぱねるような言い方、それでいて精一杯の気遣いが奥に隠れている発言。
何故ソニックがこのヒトに積極 的に関わるのかわかった。決して見捨てちゃいけない。言葉とは裏腹にずっと困ってるのだもの。
いや、困っている事すら自分でわかっていないのかも。

出発することが決まったなら、善は急げ、思い立ったが吉日。
戦艦が街を離れる事と、危険を承知で付いてきてくれる人がいないか、みんなに聞いて回らなく ちゃ。エミーは思った。

だから今はまず。

「ご飯を食べたら、一緒に行きましょ。」

丁度、暖かでおいしそうな匂いと共に、スフィアの母が料理を運んでくるところだった。












































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英雄が敵で敵が英雄で。
やーっと敵方の紹介が出来た感。