町は外敵の侵入をついに許し、クラシカルな建築様式を残していた町並みは次々と壊されている。
それを尻目にアリア・セラフィムは走ることしかできないでいた。生まれ育った町、大好きな町が酷い目に会っている。
でも自分の力ではどうにもできない。アリアには武道の心得があるものの、彼女はまだ十一歳の女の子だ。


三メートルある鋼の機械団がここフローライトタウンへ押し寄せてきた。
町を守ろうと警察、自警団や有志で迎え撃ったのだが、まるで歯が立たなかった。
剣も銃器も甲羅のような装甲に阻まれ一つも効かない。強固な敵を前に人々はついに逃げる以外の選択を断たれた。

アリアの父も手を拱いて見ていたわけではない。
彼女には何をしているかあまり分からなかったが、父はひっきりなしに電話を掛けては、
一緒に部屋に居た人達に早口に何か言うと、言われた人はあわてて外へ駆け出していた。
時折受話器に怒鳴ったり、眉根にしわを寄せたまま黙ったりもしていた。見たことのない姿。
いつもは偉そうにぐちぐち説教を垂れる口が、締まって見えた。

アリアは母と一緒に部屋の片隅に留まっていた。普段入る事の出来ない父の部屋。臙脂色をした背表紙の本をびっしり並べた本棚が壁のようだ。
大きな焦げ茶色の机にたくさん書類と本を重ね、右手でパソコンを操作し左手で受話器を持つ父。
自分たちはL字に並べられたソファの一端に腰かけている。ソファと四角形を結ぶスペースには低いテーブルが備えられている。
お腹が大きくなっている母が、とても不安そうにしていたから慰めた。大丈夫、パパがあんなに頑張っているんだから。

声掛けに応じて母が優しい笑みを返してくれた時だった。
扉を勢いよく開いて入ってきた人が、捲し立てるように何かを言う。内容はわからなかったけれど「ここも危険です!」だけは理解できた。
外からは石やガラスを割る音、木をへし折る軋む音。段々近付きこちらに来ている。

さっきまですぐに返事していた父が黙りこんだ。少ししてから、静かにこっちに語りかけてきた。

「私たちも逃げるよ。」

逃げる準備はいつも家に居る皆が手伝ってくれた。荷物は無いに等しいほど身軽に留まった。
この家から離れる。生まれ育った場所を離れるなんて考えもしなかった。
けれどこの建物も、別の建造物のようにあの機械に壊されるんだろう。そう思ううち知らず口をきつく結んでしまっていた。
外に出る際に父から一つ、宝石を渡された。

「これはお前が持っていなさい。もしもの時、この宝石がお前を護ってくれるかもしれない。」

綺麗にカッティングされた、手に収まりきらないほど大きなグリーンエメラルド。
ブリリアンカットのそれを言われた通り大事に抱え、家を後にした。
大通りを行く時に父と母は二人で会話していた。これはきっと見せしめなんだ、父の口から聞こえた一言。

母を気遣いあまり早くは動けない。でも町を襲ってきたあの機械達はどんどん迫ってきていた。
早く行こう、焦る思いから一人先へ先へ進んでいた。でも母の体ではどうしてもスピードは上がらない、もどかしい。

そう思っていた時だ。今通り過ぎようとした家を一つ吹き飛ばし、機械が姿を現した。
背中や腕の甲を頑丈そうな鉄板で覆っている、アルマジロだ。
機械が現れた場所から左右、両親と分断されてしまった。
建物を壊した煙が落ち着くと機械は左右を確認し、そしてこちらへ向かってきた。

「走れアリア!私たちは後で追うから、お前だけでも逃げなさい!」

一瞬足が竦んだけど、父からの檄で走りだせた。アルマジロは追いかけてくる、両親への注意は逸れてくれたことは幸い。
でも幾ら走っても振りきれない。狭い路地に駆けこんでも建物を吹き飛ばし、体をねじ込んでくる。
広い通りを駆けても歩幅が違いすぎる。懸命に走るけれど何度も捕まりそうになる。

ハァハァ、息が切れてきた。対する機械は変わらない足取りで追いかけてくる。そのうち大通りの先からも別のアルマジロが現れた。
すぐ横道に入るけど、気付かれた。二体、三体と増え家を壊しながら付いてくる。
段々細くなる路地、しかしついに道が尽きた。瓦礫が道を塞いでしまっていた。

振り返り見るとアルマジロがどんどん迫ってきていた。逃げ場はもう無い。
意を決して構えを取る。護身の為に習った技はあるものの、どこまでこの機械に通じるだろうか。
一歩ずつ間合いを詰め寄る機械。その度に敵を見上げる角度が増し、間近に迫る威圧感から徐々に恐怖が芽生え、強くなる。

初撃をかわしカウンター、拳を打ち込むも呆気なく防がれた。横目に別の機械の動きが入る。
来る。タイミングがわかった所で巨大で強固な一撃、自分には避けることも、受け止めることもできない――


耳に鳴り響く金属音。自分が殴り飛ばされたんだとばかり思っていて、とっさに閉じてしまっていた目を開ける。
眼前に緑のトゲトゲ。誰かの背中だと解ったのはそのヒトが喋ったから。


「全く、てめぇらのお陰で、面白い力に目覚めちまったじゃねぇか……!」


その緑の――背中の針先はそれぞれ別の色をしている――ハリネズミのヒトは誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
今どういう状態なの、周りを見てみて自分とそのヒトの周囲は、薄い緑色の光に包まれていることがわかった。
この光が攻撃を防いでくれたお陰でどうやら無事に済んだようだ。
ハリネズミのヒトはこっちへ振り向くと「ちょっと借りるぜ」と一言断った。
見ればいつの間にか自分が持っていたエメラルドを手にしていた。

彼はもう一度アルマジロへ向き直る。すると周囲を包んでいた光はパチリと消え、代わりに同じ光が小さな球体として彼の手元に浮かんでいた。

「見せてやるよ、本気のオレを!!」

緑光のボールを足元へ投げ落とすとそれを蹴り飛ばした。ボールは建物にぶつかり、反射し、狭い路地の空間を縦横無尽に跳ね返る。
ボールは何度もアルマジロへ打撃を与えた。彼は辺りを駆け回り反射したボールをまたダイレクトに蹴り、勢いを加え何度も軌道を変えていた。
反応の鈍い機械達は左右から、上下から来るボールを追い切れないでいる。
さっきは振り返る余裕がなかったからわからなかったけど、ここへ五体もの機械が追いかけてきていた。
彼らはボールに何度も弾かれていくうちに一直線に並んだ。全員打撃の影響で足元がおぼつかない。

彼はこのタイミングを待っていた。直線上、自分が居る場所の前へと戻り降り立った。
次に路地を弾け飛んでいたボールを消すと、すぐさま自分の左手に光の球を作り出した。
掌に収まる程度の小ささで、ボールを掴むと、振りかぶり、大きく右足を上げた後、強く地面を蹴り、投げた。

「貫け!<グリーンスフィア>」

アルマジロ目がけて投げた光球は胸元を捉えると突き抜け、連続で五体ほぼ同じ個所へと穴を開けた。
投げたボールは弾丸さながら、鋼鉄を意図も簡単に貫通した。
光球の勢いで吹き飛ばされた敵達はガシャガシャ大きな音をたて重なり合い、一か所に倒れ込んだ。

一撃であの機械全てを倒した。町の皆で掛っても敵わなかった相手なのに、颯爽と現れて、あっという間にやっつけちゃった。
彼は一段落ついたとばかりに両手をはたく仕草を見せた。このヒト。

「カッコイイ!」
「のわぁっ!」

次の瞬間にアリアは、助けてもらったそのヒトに飛び込むように抱きかかっていた。
「正義の味方」を目の当たりにした。ピンチに現れて窮地の自分を救い、敵をなぎ倒して行く様は一度夢に思い描いた英雄像そのままだ。
助けてもらった嬉しさと、格好良いヒトが目の前に現れた嬉しさから自然と抱きつく力が強まる。
突然の衝撃を受けた彼が、バランスを何とか保ちこちらの様子を確認しつつ、声を掛けてくる。

「イテテ、ビックリしたぁ。けどこれだけ元気なら大丈夫そうだな。」

さ、またアイツらが来るから早く避難しようぜ。彼の言葉で浮かれていた気分が一気に引いた。
そうだ、まだ町にアルマジロがはびこっているんだ。そして両親と逸れてしまったことを思い出す。

「お願い、パパとママを探してきて!私、必死で逃げている内に、二人がどこに居るのかわからなくなって……」

その為に、今持っているエメラルドをお貸しします。今現れたヒーローならあんな連中に負けやしない。
そう思ってお願いする。彼は抱きついている自分の頭をポンポンと叩いた。

「OK.必ず見つけ出してくるよ。まぁその前に、お前を安全な所に連れて行かなきゃな。」

不意にしゃがみ込んで、乗りな、と言う。背中に乗せて連れてってくれるようだ。
促されるまま身を預ける。自分よりも数段大きい背中。軽々と持ち上げられ、しっかりした感触にとても安心感がある。
もしもお兄ちゃんが居たのなら、こんな感じかな。頼れる存在を得てふと思った。

「俺たちが乗ってきた戦艦まで来ればもう大丈夫。ソニックやヴィクトリアが、頼りになる仲間が護ってくれる。そこで待っててくれ。」

行き先を告げるとすぐに走り出した。自分を乗せているとは思えないほどの足の速さ。
屋根をも軽く飛び越え、アリアは風になったような錯覚を覚えた。
そして無事に避難場所まで、機械と遭遇することなく送り届けられた。
お礼を述べると彼はすぐさま町へ戻ろうとした。行ってしまう前に再度念押しに両親の事を託す。

「あの、私、アリアと言います。パパとママを見つけたら私は無事だとお伝え下さい、よろしくお願いします!えと……」
「俺の名前か?俺はスフィア・ザ・ヘッジホッグ。両親のことは任せておきな。」

両親はアリアとよく似たブルーの猫。心配性な両親は自分の名前を聞けばすぐにでも駆け出てくるだろう。
簡単な情報だが、手掛かりをもらい彼は勇ましく歩み出した。
じゃあちょっと待っててな。去り際の囁く落ちついた声はアリアの心を撫でなだめてくれるようだった。








































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オリジナルキャラクター「アリア・セラフィム」の登場。詳細はPictureにて。
彼はちょっと格好良いハリネズミなのさ。