シャドウ・ザ・ヘッジホッグへ言い渡されたミッションはテロリスト集団「RED EYES」に拘束されたルース教授の救出および敵の武装解除。

彼らはこの水没都市「ウォタラクア」を根城にしている。
地方にある一大都市であったここは十数年前の大規模な地殻変動による地震の被害を受け、
さらには都 市を貫くように流れていた川がせき止められた結果、
ここは成す術なく天然ダムの底に完全に沈んでしまった。
ダムのあまりの巨大さに水抜きしての都市復興計 画はついに放棄された。
同様に巨大さ故に塀となっている箇所をこじ開けるような真似をすれば下流への影響は計り知れない。

ここは山間で、もともと地震は多い地域なので建造物は軒並み耐震性が高く、損壊は少なかったようで水中ではほぼ原型をとどめた姿をしている。
潜水した調査 員の報告では「まるで上空を飛んでいるような感覚」だったという。

現在は背の高いビルに関して水位次第で頭を出すことがあるので、そこに目をつけた彼らがアジトに利用したのだ。
補修し穴や隙間を埋め、また水圧への耐久力 を高めてから水を抜き空気の通り道を確保する。こうしてアジトが作り上げられる。
これを上の階から始め繰り返していき下へ下へとアジトを拡大していったの だ。

湖は天然の堀の役目をし外敵の侵入を阻む。
元より大災害が起きてからは余震続きで、人があまり寄り付かない地区となったここならばアジトの存在を知られる ことはないのだ。
ましてや沈んだ建物の中など想像もつかないだろう。

彼らの活動の拠点であるここを付きとめていながら今まで手が出せなかったのもこの特殊な環境の為だ。
今でも頻繁に地震は起き、アジト周辺にキャンプを張る ことも満足にできなかったのだ。
簡易的な移動住居では耐震性はない。また不安定な地殻の上では地滑りも予想される。
一方で沈んだ建造物は地震とそのダム湖の揺らぎにも 耐えるのだ。
自然が彼らを飲み込んでしまうという他力本願はあと三十年ほど後にならないと実現しないだろう。
そもそも今現在人質を取られているのだから新 たな災害は起こらないに越したことはない。

そこでシャドウに白羽の矢が立った。彼の空間移動能力、カオスコントロールで乗り込むことをGUNのHQが提案したのだ。
カオスコントロールでシャドウが 先陣を切り急襲を仕掛け、混乱に乗じて部隊が制圧に乗り込む運びとなっている。
中の部屋割りは見取り図を見て把握している。また教授が監禁されている場 所、予想される敵の配置に関してもGUNの兵士に助言をもらった。

人間ごときに自分が劣ることはまず有り得ない。それはいかなる兵器を用いたところで変わらない。
シャドウはそう自負しているから、正直なところ助言など聞 き流していた。テロリストとはいえ所詮人間、取るに足らない存在である。

手早く依頼を済ませ自由なりたかった。湖と水底のビルを見つめ、その内部へのトンネルをイメージする。
エメラルドはぱっと瞬きシャドウをその場から消し 去った。



内部へ潜入した。敵の陣中真っ只中へわざと出た。元はオフィスらしい飾り気のない部屋。
突然の出現にも関わらずあっという間に包囲され銃口を一斉に向けら れる。このあたりちゃちなテロ集団ではないことは理解した。
しかしそんな玩具などで恐れを抱くと思っているのか、武器に頼らざるを得ない人間を見るとおか しくて笑えてくる。
あまりに一斉で大勢、同様の動きをするので余計愉快に映った。
声を出して笑いだしていた。気に障った短気者の人差し指には無意識に力が 込められていた。
筋肉の緊張は緩むことを知らず、やがて弾丸は銃口からスパイラルしながら放たれた。
シャドウの目から見て左回転、
その弾丸が放たれてから、
シャドウに達するまでの約半分くらいの距離を過ぎたあたり、
シャドウの体内に膨大なエネルギーが蓄積し始め、
あと四分の一位まで迫った時に爆発した。
カオスブラスト。
その圧で弾丸は押し戻されシャドウの皮膚に触れることは敵わなかった。

建物へダメージは与えてはいけない。威力は最小限人間を吹き飛ばす程度に留めた。
八方に散った人間どもは何と脆いのだろう、叩きつけられた衝撃から誰も起 き上がる事はなかった。
転がる敵兵を気にも留めず中へ進む。今の衝撃音で存在が伝わっただろう。上下から慌ただしい足音が遠く聞こえる。
連中が浮足立って いる。そう判断し無線でGUNに合図を送る。ミッションの第一段階完了。本命が待つ下層へ向かう。

狭い階段。襲い来る敵兵を順番に一人倒し一段下へ、一人倒し一段下へ。
単調な繰り返しを経て教授が囚われていると予想されるフロアへたどり着いた。
会議室なのだろう、この建物にはいくつか広い部屋がある。
そのミーティングルームの内ひとつ、人間の気配がひしひし感じる部屋の扉を開けた。

内部にはテロリスト五名。教授を囲み、これもまた銃で武装している。


余計な動きを見せず待ち構えていたようだ。その判断は人間ながら評価はできる。
事実今までのようにカオスブラストで無差別に吹き飛ばす真似はできない。人質を気遣っての戦闘はやりにくい。

教授の命が惜しくば我々を安全に外へ逃がせ。つまらない交渉は任務にない。無言で、スキだけを探す。
今回のミッションには救助のみならず武装解除も求められている。
この二つを同時に依頼するGUNもGUNだ、人質の存在が彼から自由を奪う。

不意を突けば教授に銃口を突き付けている人間より先に仕掛けることはできる。ただ気がかりなのは、複数人を相手にする時間だ。
移動を繰り返して攻撃を命中 させるまでの時間と、引き金を引くまでの指の反応速度の差。
自身一人なら苦労しない、だが脆い人間を救い出すというのは氷で造られた鳥の彫像を運び出す行 為と等しい。

にらみ合い、互いに牽制する時間が続いた。動いた方が不利に陥りそうな予感だけが漂う。

その中を、ツカツカ入っていく白い影があった。場に不似合いなほどゆったりした、さながらモデルの様な堂々とした歩みで進んでいく。
白銀の長髪を靡かせ、 真っ直ぐ教授の元へ。
あっけにとられたのはシャドウもテロリストもほんの一呼吸、躊躇のない侵入者へ一斉に銃口が向けられる。

例外なく教授に向けられたそれも動いた。隙を見つけたシャドウは空間を飛び越えた。教授の真隣。
手刀一閃でターゲットを落とす。同時に銃撃が始まる。
シャ ドウの方向には弾丸は来ない。すべてあの白髪の女に向けられたもの。
好都合だ。
彼女が囮になり、その間に教授を隅に片づけられていたデスクの下に避難させ ることができた。
終えてテロリストの制圧に取りかかろうとして振り返り、白い髪が舞うのを目の端に捉え、無自覚のうちに焦点がそちらへ動いた。

血染めの白髪を想像したが依然まっさらな銀の光を放っている。凄まじい弾幕を身のこなし一つでかわしている。

至近距離にして弾丸は一発たりとも彼女を捉える事はできない。
彼女は銃口の角度、トリガーを引く手の動き、視線から弾道とタイミングを的確に読み回避して いる。
敏捷、反射神経、動体視力、洞察力、並外れている。

彼女は敵兵の銃器をその手に持つ鋭利なナイフで切り落とし破壊、
同じく手榴弾、
無線機、
弾倉、
ハンドガン、
装備を剥がし次々と無力化していく。
素早く無駄のない動きで、一つとして攻撃を受けることは無い。避けきれない弾丸はそれで叩き落としていく。
しかも、誰一人血を流させない。ナイフで切り付けていながらも肌から紙一重を切り裂いている。
熟練者が扱う刃物の手捌きはそれだけで芸術とされるが、この 鮮やかさはそれに相当する。様子を呆然と見つめていたことにはっとした。

圧巻の実力差を見せ付けられ兵隊たちはただ呆然となるだけ。戦意すら装備と共に解除されてしまった模様。
これはこれでまた滑稽だ。ようやく無力を悟った 姿、笑止。

「貴様を助け出すようにGUNから依頼を受けている。どこも怪我はしていないな。」

任務を帯びている事を自身に確認させるごとく教授に問いかけた。見たところ問題はなさそうだ。
無駄に怯えているようだがそれ以外異常はないな。テロリストもこのまま、突入したGUNに引き渡せばいい。
任務はほぼ完了した。だが百里を行く者は九十里を半ばとす、という言葉を思い起こされる事態に陥った。

電子ブザー音が部屋に響く。繰り返し警告を訴える、耳障りな――

「貴様、何をしたっ!」

手に機器を隠し持っていた人間を見つけ、その首を掴み、問う。警告音は癪に障る。ストレスだ。喉を潰しかねないほど力んでいた。
そこで、なぜ自分が苛立っているのか不思議に感じた。その時点でようやく冷静さを取り戻す。
ブザー、警告灯、廊下、銃器、逃走――

「基地の火薬全てが爆発するぜ。」

視界に過ぎった何かをテロリストの苦々しい言動が阻んだ。苛立ちを覚え、瞬間その人間を叩きつけた。それは気を失い脱力した。

残る連中は既に逃走済み。アジトの爆破、巻き添えを狙ってのことだろうが無駄だ。
まず無線を使い突入を控えていた兵士たちへ事態を伝え退避させるように計 らった。
そして自らの脱出の段取りに入る。カオスコントロール。空間を容易に越える究極の力の前には幼稚な悪あがきなど通用しない。
教授の腕を掴みすぐに取り掛か ろうとしたのだが。

「まて、彼女はどうなる!?」
「僕の知ったことではない。」

言い渡されたミッションはあくまで教授の救出、見知らぬ女の世話までする気はない。

「彼女も、私の命の恩人だ!どうか、どうかっ!」

だがあまりに教授が女に拘り拒絶するので、気が重いながらも女も連れていくことを決めた。
振り返るがしかし、すでに彼女の姿は無かった。階段からは遠ざか る足音。

「どうやら自力で脱出するようだ。」

教授が脱力した、その一瞬を突いてカオスコントロールを起こす。思い描く座標は始め湖を見下ろした地点。





何の滞りなく――あっけなく感じられるほど――救出は完了した。
湖の方に目をやればアジトから黒い粒の、アリみたいだ、人間たちがうじゃうじゃ出てくるの が見える。
全員生き残ろうと必死、だがシャドウにはどうも滑稽に映った。
GUNの兵士は多くが屋上待機だった為即時撤退、すでに十分建物から距離を取って いる。
テロリストも残党兵が脱出用のボートを使用し離脱しているが、不足しているのだろう、泳いでいるものが多数見受けられる。
悪あがきを見せる人間に対 し憐みと嘲笑が込み上げてくる。己が愚行の報いだと言うのに見苦しい、そんなことを思っていた。


そして屋上にあの女が出てきた。ここからはヒトがほとんど点にしか見えないが、太陽光を反射させる綺麗な白銀が彼女である証だ。
かなり下層にあったあの部 屋から階段のみを駆け上がり出てきたのなら相当の脚力があると認められよう。だが果たして無事に脱出できるか。
泳ぎ程度の速さではまず間違いなく爆発に巻 き込まれるだろう。
調べでは相当量の弾薬が備蓄されており、一斉に爆破すれば凄まじい破壊力になるという。

屋上まで出てくるのにすでに時間が掛かり過ぎている。
ビークル等が残っているならばともかく、そんなことは全くないだろう、シャドウには手遅れに映った。

そのときだ。頭上からけたたましいエンジン音が響いた。
シャドウが思わず屈んでしまうほど低空からしたその轟音は一瞬で遠ざかり、かわって見上げた視界に は青き翼が映った。
いつしか見たことのある青い複葉機。ソニックとともにいた二本の尻尾を持つキツネ、テイルスが操っていた機体だ。

そして翼の上に乗る青と一瞬目が合った。
彼らは一直線にアジトに向け飛び立ち、シャドウは遠ざかる飛行機が縮小していく様子を目で捉え続けた。
やがて飛行 機は紐の様なものを垂らした。梯子だ。高度を上手く調整し水面に頭を出している屋上に合わせる。
彼女はそれを掴んだようだ、白い点は機体と一定距離下位を 保ち浮上した。


ソニック達による、名も知らないあの女性救出の何秒か経過後、水中奥深くから閃光、波紋そして爆音と果てしなく高い水柱が上がった。
爆音は水を弾く為にエ ネルギーを割いたのが感じられるとてもくぐもった音、
しかし一斉に水の圧力から解放されたそれは一重の音の中に何重もの衝撃を孕み、叩きつけるように全身 を襲った。
特に響き易い内臓と頭蓋、そして顔にある感覚器官全てが振動に侵され、吐き気すら催すほど一瞬で気分が悪くなった。

沈んでいたビルがそのまま垂直に跳び上ってきたのではないかと思える。それくらい縦に高く白い柱は立ち上がる。
分単位で存在し続けたそれを見れたのは振動 のダメージから回復した後であった。おかげで行方を見失った。
水柱の向こうへ消えた彼らは飛沫が落ち着く頃にはとっくに遠方にありもう見えない。

彼らも何か行動を起こしたのだろう。シャドウにはそれだけで十分だった。およそ関わるつもりもないから、深く考えるのをやめた。
任務に戻ろうとルース教授に向くと彼は渋い顔をして、

「やはり彼女が・・・」

何かを思案しているようだ。しかしシャドウの興味の外。今はルージュからの依頼をこなすことだけをただ考えていた。

「ルージュとの合流地点へ行くぞ。そこで貴様を引き渡すことになっている。」


GUNは残党兵狩りに精を出すようだ。その様を横目だけで見て、軍用バイクのサイドカーに教授を乗せエンジン音を轟かせた。









































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GUNに使われる感じはこうでしょうか。
たぶんシャドウはこんな風に人間を見ていると思う。