カオティクス探偵事務所と扉に看板が掛けられているこの建物はここ暫らくは無人の状態が続いている。
近隣住民にとってはようやく、というかやはりという反応。彼らはついに追い出されてしまったと考えている。
だがそうではなくて単に長期の外出をしているだけだ。ここに勤める探偵団は今人探しに出ている。
大がかりな依頼が舞い込んだのだ。

「写真の人物を探して欲しい」中身はシンプルだが、それに対する成功報酬に支払われる金額が異様に高かった。

「これは単なる人探しではない、何か裏があるはずだ。」
「そうは言ってもこの額だぜ。俺様がみすみす見逃すはずねぇだろぉが。」
「ねーだろーがー。」

依頼を受けるか否かでこんな議論がなされていた。
探偵団三人組の慎重派、エスピオ・ザ・カメレオンは二人に警告する。
だが拝金主義者ベクター・ザ・クロコダイルと楽天家チャーミー・ビーはそんな意見に耳を貸さない。

「以前のエッグマンの例があるだろう、忘れたのか?」
「あれは依頼者の身元もわからねぇまま、具体的な報酬掲示もなかったがよ、今回は違ぇぜ。」
「ゼロが、いちじゅうひゃくせんまん・・・えーっと、うわぁお!」
「この金額になにも疑問を持たないのか。」
「大有りだっての。でもよエスピオ、考えてみろよ。」

声のトーンを下げささやくようにベクターが言う。

「これじゃねぇと、借金が返せん。」
「・・・!」

閑古鳥が鳴く探偵事務所には借金がかさんでいた。三人はいつも大家の機嫌を伺うような生活をしているのだ。
その経営状態を知る近隣のものが彼らについて大家に叩き出されたのだと考えるのは無理もないこと。

「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だぜ。」
「こけつんばこじょーえず、だぜ。」
「・・・承知した。」

渋る顔のまま、しかし事務所経営のことを考慮すれば納得せざるを得ないのでエスピオは従った。

そうしてやってきたエバーナイトサイドは治安が最悪なことで有名だ。
誰がつけたでもないこの俗称は真っ昼間でも犯罪が横行していることを暗示する。
警察は機能しない、犯罪者が犯罪者を裁くこの地に目当ての人物がいるのだ。

「写真より何年か経っていると話してたから、成人してるのかもな。二十歳前後ってトコか。」
「このようなところに出入りしているならば、やはり全うな人物ではなさそうだ。」

白髪、鋭い眼光の狼は手の中の平面からこちらを睨みつけてくる。少しのあどけなさを残しつつも神経質な顔つきのこの女が探し人だ。
写真は依頼主より事務所に来た際に渡された。その人物を目にして正直ベクターは戸惑った。無敗の弁護士として名を轟かせるブライト氏がそこにいた。
依頼を受けるか断るかはその場では保留にした。一応二人に話しておきたいし、彼はこの質問に答えてくれなかったためだ。

「写真の人物とアンタの関係はなんだ?」

エスピオが先ほどやはりと言ったのには、写真の目つきは猜疑心に満ちたものだと指摘し、それは忍にも似た性質があったからだという。
付け加えて、より暗い光を宿していると言及した。
この指摘は写真を見せてすぐに貰った。つまり詳しく説明する前だ。慎重で敏感なエスピオが、勘と経験から警鐘を鳴らす。
でも忍者みたいな目つきというのはどういう意味だろう。思わずエスピオの顔を覗き込む。いつものライトイエローのシャープな眼光だ。
何を言いたいのか正直わかりにくかったが、金額を提示されてから一般的な行方不明とは考えていない。慎重に探すと主張するエスピオの意見には同意だ。

「最新の目撃は昨日のことだ、二、三日前からいるらしいがたぶんまだ街を出ていないはずだ。」

ガラクタとゴミ屑が散らかるメインストリートを歩く。腐臭が漂って正直鼻がキツイ。その臭いの原因については、嫌な予感がして考えるのをやめた。
物陰にうずくまっている彼らだろうから。いや、もう彼と言えるか定かでは無くなっているものもある。
エスピオも勘付いているからそれとなく避けながら、通る。
チャーミーは鼻を摘まみつつキョロキョロと辺りを見回していた。ヒトを探しているというより単に物珍しさからだ。
「キタナイ」は印象としては率直すぎるくらい、しかしそれ以外言いようがないともとれる。

捜索は通常聞き込みをして地道に足跡を辿るのが定石だが、ここでは他人に気軽に話しかけられない。
ねっとりとした目をしたニンゲンにねちねち言い掛かりをされたり、不徳を学んだ連中に偽りを教わったりするのがオチで、
ロクな情報が得られるとは考えられない。かえってトラブルの種となるだろう。
信頼度が高いのは情報を商売道具にしている連中。もちろん一様に信じられるわけではないが消去法の結果だ。
それも費用がかさむからできるだけ世話になりたくない。

「いないねー。」
「まぁな。」

そんな訳で当てもなく歩き回っているのだが流石に姿を現さない。
そもそも大きく栄えた都市がここの原型だから広さは歩きだけでどうこうできるほど狭くない。
あぁ、向こうからふらぁっと出てこないか、そんなこと起こりっこないのにどうしても考えてしまう。三人ばかりの手ではもう偶然だけが頼りだ。

これからどの辺りを捜索するか考えながら歩いていると遠くで騒ぎが聞こえた。
治安の悪いここでは諍いを別段気にする必要はないが、それは段々こちらへ近づいてくる。
巻き込まれるのは御免だ、道端でやり過ごすことにした。捕り物をしているのだろうか、多数のバタバタと走る足音が次第に音量を上げる。
銀色の長髪が少しずつ大きくなる。
その様子をじっと見つめていたチャーミーが先頭を指差しながら言う。

「ボクらが捜してるのって、あんな感じの顔のヒト?」
「そうそう、ちょうど色白できつい目してんな。」

気のない返事で呟いてから、急いで写真を取り出した。目が一瞬で上下に三往復する。

「ってあれだ、さっそくお出ましだぜ!」

ターゲットは集団の先をひた走っていた。思わぬ展開につい声がでかくなった。
気のない願掛けでも案外叶えてくれるもんだな、気前のいい神様だぜ。今度からはお参りした時はケチらずに賽銭を入れるとしよう。

さぁ仕事だぜ!ベクターが合図を出し三人は慌てて走り出す。追随する集団とほぼ並走する形になる。
ベクターは追跡中、横目に気になる一つの影が目に入った。

「アイツ、レドゥンじゃねぇか。」
「だれ?」
「今この街を仕切っている頭だ。なんでもたった十日で街すべてを掌握したっていう話だぜ。」
「とてつもない実力者ということだな。」

それがあの女を追いかけている。何だってボス直々に追っかけっこを繰り広げているんだか。
そんなにデカイ事しでかしたのかよ、この女は。犯罪の山の頂点に立つ男だぞ。最悪な相手によくそんな真似をする。

「死刑決定だ、さっさと掴まれ。」

レドゥンは憎悪を込めた言葉を吐き捨てるとそれと共に彼女目がけて鎖を投げた。
彼の特技は鎖を自在に操ること。武器として扱うそれは遠近と更に背後や上にも柔軟に対応し得、攻防に死角を許さない。
また予測の難しい動きは回避や防御を困難にする。これを駆使して彼は他を圧倒し上へ上り詰めたのだ。

女は横に避ける、レドゥンは軽く手を引く、鎖はしなりを利かせ彼女に向かい波打つ、体制を低くしてこれをしのぐ。
鎖のもう一方の端がその瞬間を狙う、バネのように跳ねあがり宙へと回避する、その目の前にもう鎖が迫っていた。
反応良くそれを左手の逆手持ちナイフで叩き落とした。最初に投げたものが街頭に掛かり巻きつくようにして戻ってきたものだった。
刹那の駆け引きが走りながら繰り広げられている。あの鎖はきっと一度でも絡まればもう逃れることはできないだろう、何より使い手の執念がそう思わせる。

レドゥンは忌々しいと舌打ちをした後共に追跡していた者に、早く捕まえろと命令を出す。
恐れ多き暴君の指示に一度怯み、そして彼らは先ほどよりも更に速度を上げて走り出す。
ベクターたちも駆け出す。彼女を探し出しそれからクライアントの下まで送り届けるのが依頼だから、連中より先に保護しなくてはならない。
奴らに捕まったら女もだが俺達も一巻の終わりだ。

という訳でベクターは二人に指示を出した。彼女を追手から遠ざけ話ができる場所に案内し邪魔が来ないようにするのだ。
二人はうなずくとすぐさま行動に出た。
まずエスピオがレドゥンの手下の妨害に出る。連中の通る道にトラップを多数仕掛け、また姿を消し直接叩いたりなどした。不意の攻撃に連中の足が止まる。
次にチャーミーが彼女を導き出す。スピード自慢の彼の飛行であっという間に追いつく。
そして彼女を先導しベクターが居るところまで連れてくることに成功した。

「うるるぁぁぁあ!」

彼女が来るなりすぐさま特大のアスファルト片を放り投げ、来た道を塞ぐ。これにより追手が入らないだけでなく彼女の逃走も予防できる。
思惑道理に事は運んだ。さてこれからだ。
大通りから少し離れた狭い路地で二人向かい合う。落ち着いた状態で見れば写真と同じ顔つきの、それ以上に綺麗な姿とわかった。

「わざわざ来てもらってすまねぇな。俺は私立探偵をやっているベクターってんだ。」

様子を窺っている、向こうは微動だにせず構えていた。

「俺様のところにある依頼が舞い込んできてな、お前さんをその依頼主んトコまで連れてきて欲しいとのことだ。」

じり、と地面を擦る音がした。連れて行くという単語に反応して距離を取ったのだろう。

「まぁそう警戒すんな、別に無理やりって訳じゃねぇから、依頼主だってお前さんの知っているニンゲンという話だ。」
「・・・そうか」

返事が聞けて空気が若干緩まる。ベクターは小さく吐息をつく。
依頼がとてもキナ臭くてこうもすんなり行くものと思っていなかったから、ややこしい事にならなくて済みそうでなによりだ。

「じゃあよ、一緒に来てくんねぇか。あぁでも仲間がいるからちょっと呼んでく・・・」
「私の依頼も受けてくれないか」

振り向き加減の背中に唐突に掛けられた声。依頼?この場で探偵に依頼を出そうというのか。
向き直って目に入る姿は変わらずこちらを見据えている。意図が読めないので次の動きを待たなくてはならない。
だがアスファルト片をまたいで通路の向こうから騒ぐ声が響いてくる。レドゥンの手下が追いついたようだ。そして衝撃、打ち破ろうと取りかかっている。
何も聞こえていないのか彼女は数秒押し黙ったまま。あまり焦らされると奴らが乗り込んで来てしまう。

「私のことを捕らえようとする輩を遠ざけてほしい。完遂した暁に・・・」

ガラガラと崩れる音は大きかったが、彼女の言葉はしっかり聞き取れた。

「その依頼主と会ってやろう」

追手は瓦礫を乗り越えて向かってくる。なのに彼女は突っ立ったままだ。
背後から敵が迫っているのに、様子がすべて視界に入るこちらのほうが危機を感じる。殺気立った連中が我先に彼女を捉えんと雪崩れ込む。
ヤバイと感じて思わず彼女をかばい、追手を払い除けるためにヤツらと正面から遣り合うことになった。そうして彼女を自分の背後に回らせる。
そうしてから気が付いた。

依頼は開始されたってことな。

彼女は悠々と路地の向こう側を目指し歩きだした。まるで平和そのものの公園を散歩する足取りで、ゆったり見せつけるように、そして闇の中へ消えていった。

畜生、期間はいつまでだとか詳細決めてねぇっての。
なんとか敵を食い止めながらもそんなぼやきが出てしまうのだった。









































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この三人は日常がコントですね。気を抜くとギャグに終始しそうです。
探偵よりコメディアンのほうが向いてるよ。楽団だけはよしとけな。