我が国の大統領は再選に向けた選挙活動でご多忙だ。特に最近には国内の至る所で大きな事件が多発している。
軍指揮官の反逆の疑いと失踪、狂気の科学者の活動の再開とその被害、美術芸術その他国営資料館からの盗難、
機密情報の漏洩、自然災害と被災者支援、都市の大規模火災。どれも国家権威を揺るがす変事だ。
こうした事態だからこそ各問題と正面から立ち向かい国民の支持を得なければならない。
勘違いして欲しくないのはこれは単なる選挙へのポイント稼ぎなどという小物政治家のすることではないということだ。
この国の事を真剣に考えるからこそ彼は進んで活動を展開するのである。
彼の目は少年のそれと変わらない一点の曇りすらないものだから。

だがこのような事態に措いても彼女への任務はこれらとはおおよそ関わりのない事柄だ。
大統領直属のエージェント、ルージュ・ザ・バット。今回の依頼は今までとは一味も二味も違う、変わった内容だった。
とある人物の身辺調査。とある一連邦議会議員。

依頼が舞い込むまでの経緯には国会内の不穏な動きにあった。
時に水面下で何者かが大統領府を脅かす企てを、内部の人間で密かに進められているという噂が流れていた。
通常取るに足らないデマで終わるはずが、どうも時間が経つにつれ真実味を増してきたのだ。
議会内の反対勢力たちがやけに大人しかった。噂について試しに質疑してみたものの、はぐらかす回答。
それがおかしい。
怒号のような答弁を予想していた。興奮して否定、批判するのが権力の抑制を担う彼らの姿だったはずだ。

別で調査が進められた結果どうにも議会の中に首謀者が隠れているようで、彼は密かな容疑者となった。
だがさすがに彼に対して不確定な容疑で露骨に捜査を進める訳にもいかず―これまでもだが―感付かれない為にも更に慎重な姿勢が必要とされた。

本日の調査は夜の面会人とのやり取り。彼のスケジュールに無い非公式の客人を真夜中に招き入れるというなんともわかりやすい怪しさ。
これで尻尾を出してくれるのなら下らないストーカーまがいを早々に辞められ、またトレジャーハントに精を出せるというもの。

要人とはいえ一般のセキュリティなど一級の美術館や金庫など財宝の保管場所と比べたら取るに足らない。
建物の外壁に張り付き、拳銃の形状をした特殊な集音装置を用意する。
壁越しの会話を聞き取るのに最適なそれは銃口に当たる部分がマイクになり、
一部屋くらいの範囲なら鮮明な音質で会話を拾い取ることが出来る。ヘッドホンを装着し準備を整える。

ドアの開閉音。客人が入る。

「こんな時期に呼び出すとは。」
「仕事は忙しいか。」

部屋に明りは無い。あくまで秘密裏の対談。

「堰を切ったようになだれ込んでくるよ、まったく。」
「収入は上がるんだ。感謝したらどうだ。」
「何にだ。」
「俺にだ。」
「お前な・・・。否定できないから腹立つな、くそ。」

舌打ち。椅子を引く音、座るときの衣擦れ。

「座れよ。」
「どうせすぐに帰る。このままでいい、さっさと済ませたいので本題に入る。」

鼻で笑う声。

「彼女の動向だが、順調にエメラルド集めと我々への妨害を行っている。とまぁ、一人では微々たる物だがな。」
「彼女は優秀だ。それらは普通にこなすのは困難なことだよ。」
「それはわかっている。だからもう手を打つべきではないか。邪魔される前に捉える。彼女を求めているクセして何故放置なのだ。」
「迎え入れるのはちゃんと準備をしてからだ。それがレディへの礼儀というものだろう。」
「待遇がいいんだな。」
「当然の事だ。」

音というよりは振動。壁にもたれかかったようだ。

「それとマスターエメラルド、また失敗だ。」

マスターエメラルド。先にもエメラルドと単語が出たがこちらには個人的感情が絡む。失敗した、つまり彼はしっかり役目を果たしたと考えていいのか。

「奴には完璧は求めていないよ。あくまで諦めずに居てくれればそれでいい。」
「今回は彼女が絡んできた。欠片の一部も彼女が持っている、それでも継続か。」
「構わん。」

欠片、少しの期待を抱いたのが間違いだった。やはりバカハリモグラだ。
ため息をつきたかったが音を拾う恐れがあったので堪える。音は全て録音しているのだ。

「資料はエッグマンに渡った。放っておいてもやがて彼女を追う一員に加わるだろう。」
「気が早いんだな。」
「お前が悠長だからだ、なんにしても早め早めにだ。」
「悠長も何も問題はないと言っている。」

深く息を吸う音。

「彼女は今一人で行動してはいるが、あれは集団を形成してこそ真の力を発揮する。やはり手遅れになる前に・・」
「くどいな。」
「なぜ忠告をそう流す。」
「いや、キミが心配しすぎなだけだ。彼女からそんなことするのは絶対にない。」

深く息を吐く音。

「彼女から、ならな。」
「本当にキミは心配性だな。」
「最善を尽くしているだけだ。一見簡単そうな依頼でも周到な準備が要る、そういう世界に生きているからな。」

ふふっ、と含み笑い。

「お前が何もしないなら俺は勝手にさせてもらうぞ。彼女を追い詰める為一つでも手数を増やすに越したことは無い。」
「どうするつもりだ。」
「適当な探偵を雇う。」
「金の無駄だと思うがね。折角得る金銭、大事に使って欲しいものだ。」

また舌打ち。足音。ドアへ向かっている。

「あとは変わらずだ。では早々に帰らせてもらう。」
「今夜も徹夜か。」
「バカなクライアントが押し寄せて、訴訟訴訟、裁判裁判と他人にたかって金儲けするつもりでいるんだ、堪らないよ。」
「一度わざと負けてみろよ。そいつらにいい薬になる。」
「俺の名前も傷つくだろうが。まったく・・・」

ドアが開き、歩みが止まる。

「それと心配性ついでに、今の会話は全部筒抜けだったぞ。大丈夫か。」
「聞かれても内容は分かる筈無い。そうだろ、コウモリさん。」

背筋がぞくっとした。悟られていないと思っていたのに、ただ泳がされていただけだったとは。
早急に離脱する。追跡されることを予想したがそれはなかった。本当に彼らには取るに足らないことだと判断されたのか。

心臓が早鐘を打つように鳴る。
本部へ戻るルージュの頭の中では様々な考えが飛び交っていた。確かに不明な部分は多々あるが今判明したことだけでも整理する。

二人は「彼女」を追っている。それはエッグマンも同様で、何かしらの助成を施したようだ。また彼らに外部協力者がいるようだ。
その「彼女」はエメラルドを集めていてナックルズのものも手中にしている。
クライアント、訴訟、裁判。会話の相手は弁護士のように思えた。弁護士の仕事が激化したことと副大統領、一体どのような関係があるのだろう。
ようやく脈拍が落ち着いてきた。

身元はどのくらい特定されただろうか。コウモリとまで言われれば大統領のエージェントと結びつけるのは簡単だろう。何たる失態。
だが彼らがきな臭いのには変わりは無かった。だから彼らも自らの水面下の活動を大っぴらにすることはないと考える。
問題を公に出されて大統領の選挙に影響が出る、という事態はひとまず無い。間者を送られながらも余裕な彼らの態度が不気味だった。

また改めて嗅ぎ回る事になるのか。とりあえず今は報告を済ませ、指示を仰ぐとしよう。

















































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ち、力尽きた・・・何か、ムズい話ムズい。
さささーっと読み流して次へ行っちゃってー。