砕けたマスターエメラルドの欠片を探し求め、ナックルズ・ザ・エキドゥナはミスティフォレストにやって来た。迷いの森として知られるこの森は、
時折濃い霧が立ち込め足を踏み入れた者を惑わす。そのため正確な地形は未だ測量できずにいて、視界を奪う霧が発生する原因もまた不明である。
この地の名を特別に「Mysty Forest」と綴るのは、謎が霧と同居しているという意味を込めてのことらしい。

エメラルドの欠片はこの森の中にある。ナックルズには気配として特別に感じ取れるのだ。

物心付いた頃にはすでにひとりで守っていた。空飛ぶ島で大きな宝石を理由も知りもしないで、ずっと。
守り抜くこと、それだけを理由にして、それだけを誇りにして、彼は存在していた。きっとこれからも変わらない、彼がここにいる意味。

いつものように祭壇の前でまどろんでいた。地上では伝説とされているくらい下界から発見されない、空飛ぶ秘境。
だがここへの訪問者は決まって突然で、更に土足で上がり込んでくる。
鹿の男。いきなり現れて、襲い掛かってきた。取っ組み合いになって、力任せに投げ飛ばしたが、方向が悪かった。
マスターエメラルドに当たり男諸共台座の下へ叩きつけられ砕けた。

「急襲は失敗だ。面倒なことになったが、マスターエメラルドは必ず頂く。それがあの方から頂いた私の役目。」

男はそれだけを言い残して姿を消した。すぐに追いかけナックルズは浮遊島がまだ高い位置にあるうちに大空へ飛び込んだ。
そして出来るだけ遠くを目指して滑空する。島一つが着水する大きな音を背にナックルズは旅立った。


欠片はおよそ半分集まった。それはきっと相手も同じことなのだろう。最終的にはもう一度衝突するのは必至。

気が付くと森の中に霧が立ち込めていた。視界は良くないが、反応のある方へ、ある方へと感覚を頼りに進む。すると霧の中から人影が現れた。
その人物は、じっと立ち尽くしていて手の中にあるもの、緑の宝石を見つめていた。

「お前がこのマスターエメラルドの守護者か」

こちらへ振り向きもせずに問い掛けてきた。低いほうではあるが女とわかる声。最初はあの男が現れたのかと思ったのだがそうではなかった。
真っ白で長い髪は霧との境目がはっきりしない。

「何者だっ!?」

おそらくは男の味方か、関係の無いどこかのトレジャーハンターと検討をつける。ルージュみたくお宝としてエメラルドを狙う輩は最近に増えた。
そしてさらにこの女に関して厄介なことは、こちらのことをよく調べてあることだ。最初の一言で全てわかった。
どちらにしてもナックルズには受け入れがたい事態だ。知った上で掛かってこられるのは非常に厄介。
半端者と違って覚悟や意思があり、それに見合う実力も十分あると推測される。

「私か・・そうだな」

女は質問の答えを言い淀んで、言葉を区切ってから答えた。

「・・お前の立場に一番近い者と言っておこう」

意味はわからない。ただ予想していた二つとは、また違うことだけは確かなよう。霞は一段と濃くなる。

「もう一度、お前はこの石の守護者なのか」
「俺の名はナックルズ・ザ・エキドゥナ。ナックルズ族の末裔にしてマスターエメラルドのガーディアンだ。」

ナックルズは高らかに名乗った。はぐらかす答弁をするお前とは違うのだと、朗々とした口調で。
だが女のほうはそれを鼻で笑った。明らかに嘲笑の意味を込めてだ。

「何を笑ってやがる!」

大声を出したのに女は身じろぎ一つしない。やがてこちらに向き直り睨むような視線を投げかけ、はっきりと告げた。

「ガーディアン?ふざけるな、守護者失格ではないか。私の手にあるコレは何だ」

目前に突きつけられた歪な宝石は本来避けるべき現実であって、ナックルズには言い返す言葉がない。知らず唇を噛んでいた。

「このような事態を未然に防ぐのがガーディアンの役目だ。今やっていることを自身の役割だと思っているなら、飛んだ恥晒しか、愚か者だ」

鳩尾(みぞおち)自身が冷えて縮こまり奥へ食い込む感じが一瞬体中の神経を支配する。その影響で視界が黒く眩んだ。
言葉が胸に突き刺さる、なんかでは表現が足りない。
その後に沸いてきた感情は怒りだ。見ず知らずの輩に侮辱された怒り、誇りを穢された怒り、存在を否定された怒り。
冷えたと思った鳩尾が今度は熱い。最高潮に昂ぶったときに女は、とどめにと一言放った。

「私なら無事に守りきれる。どうだ、ガーディアンの職、私が替わってやろうか」
「ふざけるなぁぁぁあ!!!」

直後右腕に衝撃が走った。殴ったからだ。捉えたのは女ではなく背後にあった、木。軋み割れる音を上げながらそれはゆっくり倒れた。
拳を繰り出す格好のまま硬直していた。女は自分のすぐ右側に佇んでいた。
簡単に身をかわされてしまったようで、こちらの挙動を一頻り見守ると霧の中に姿を隠した。
追跡は出来ない。霧はいつの間にか辺りを包み込み、伸ばした自分の手ですら見えなくなったからだ。
それでも奴を逃す訳にはいかない。マスターエメラルドは自分が守り通す。その為には今最善を尽くすのだ。その意思でナックルズは自分の心を落ち着けた。

自分には欠片の位置がわかる。相手はそれを持っているのだから、神経を反応に集中させれば後を追えるはず。真っ白な視界に意識を張り巡らす。
それは右へ、左へ蛇行しながらゆっくりと離れていく。足元を確かめているのか、時々立ち止まりながらだ。そして最後には一箇所に留まった。
方角にしてやや左前方、十メートルと無い。反応は手に取るようにはっきりとしている。

「卑怯だぞっ、出て来い!」

咆哮しながら進んでいく。しかしわざと真っ直ぐには向かわない。
相手はじっとしてやり過ごそうとしているはずだから、あたかも探している風を装いギリギリまでその場に引き付けておくつもりだ。
隠れていることがばれていない、そう思わせておいてからだ。

「出てこないなら・・・」

いい具合に間合いに入った。ちょうど真左、右ストレートを入れやすい立ち位置だ。

「ぶん殴る!」

地面を弾くように蹴り出し勢いに乗り、拳を突き出す。重い感触が返ってくる。さっきは避けられたが今度は不意をついたこともあり捉えた。
相手はそのまま後ろにある木に叩きつけられ、その際に声を漏らした。

「ぐぁ、」

それは男のものだった。姿は依然確認できないが探していたのとは別人なのは確か。

ターゲットがいつの間にか摩り替わっていた。思わぬ事態に混乱しそうになるが、別の微弱な反応の接近を感じ精神を集中させる。
それが先程の女のものだった。彼女は今倒れている男に言葉を掛ける。

「私のエメラルドを追って何日も付けていたんだろう。残念だな、私は決して隙を見せない」
「っ、おのれ、何故眠らずに平気で行動し続けられる!?」

霧の向こうでそんなやり取りをしていた。どうやら自分が殴った相手もエメラルドを集めていて、それに自分が反応していたようだ。
そういえばこの声、どこかで聞いた覚えがある。

「お前、あの時の鹿!」

集めている人間にもそう心当たりがあるわけではない。男はナックルズの声を聞くとすぐに逃走しだす。

「急いては事を仕損じる。この場は引く他無し。」

草を掻き分ける音を残して男は去っていった。叩きつけられた際に全ての欠片をばら撒き、そのままだ。だから反応を頼りに追跡は出来ない。
それは女に関してもだ。細かい反応がジャミングになり特定は不可能。

「拾ったらどうだ、ガーディアン」

拳に思わず力が入り、まさに手に取ろうとした欠片が更に細かくなるところだった。
女はすでに遠く離れこの場から去ろうとしていた。追いかけようにも、悔しいが女の言うとおりにする以外なかった。
まずは全て回収してからだ。ただ居なくなるその前に、大きく息を吸い、

「必ず取り返すからな!」

空に叫ぶ。聞こえただろうか、彼の決心。彼女が奪った誇りの欠片。取り戻すのはこれまでの欠片探しよりも困難な大切な一欠け。
それでも彼は立ち向かわなくてはならない。これは自分を取り戻す戦いなのだ。

一向に霧は晴れない。ナックルズの心模様だってそうだった。
集め終えて今やれることは真っ直ぐ正面へ進み続けることのみ。


















































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    どうして毎回エメラルドを壊されるんだ!しっかりしやがれナックルズ!的な内容。
    それといつも祭壇ほったらかしにしてソニックたちといるのもどうかと。