高圧空気の漏れ出る音と共に、耐圧筒と操作室を隔てる水密戸が開かれる。
悠良と薫は、折り重なるようにして筒の底にうつ伏せで倒れている。艦内との気圧差を考えれば減圧症の危険性があったが、まず二人の呼吸回復を図ることが先決だった。狭い筒内から、二人がかりで一人ずつ外へ運び出す。
「…悠良、悠良」青葉は、悠良のずぶ濡れの身体を仰向けにさせながら声を掛けた。短い髪がぺたりと首筋に貼り付き、身体は氷のように冷たい。屈みこんで人工呼吸に移ろうとしたところで、悠良はがぼっと喉を鳴らすと、激しく咳き込みながら自力で呼吸を回復した。
「がぼっ。ごっ、ごぼぼぼ」
「悠良…」
「がっ。はあっ、はあっ、はあっ。がはっ」
「悠良、大丈夫」
「ごほっ、ごほっ」悠良は喘ぎながら言う。「くっ、空気って、すごく、美味いな」
「悠良…」悠良のいつもの口調。青葉は、目頭がじんと熱くなった。そして悠良が上体を起こして床に座るのを助けると、薫に心肺蘇生の措置をしている佳子の方を見た。佳子は、仰臥させた薫の胸に両手を重ね、体重をかけて規則正しく圧迫している。横向きになった口の端から、たらたらと水が床へと垂れていた。目は眠るように閉じられ、唇は青紫に変色している。
「佳子、どう?」
佳子は、手を休めることなく首を横に振る。まだ呼吸が戻っていないのだろう。
青葉は赴いて佳子の横にひざまずくと、薫の顎下に手を差し込んで頭を反らせ、鼻をつまみながら唇と唇を重ね合わせた。
「ふーっ」
「一、二、三、四、五」
青葉が大きく息を吹き込むごとに、佳子が心臓を5回圧す。どのくらい、それをくり返しただろうか。佳子の両腕が痺れ、青葉の焦燥が募り目の前が暗くなったころ、合わせた唇を通して、肺で温められた塩辛い海水が青葉の口の中に流れこんできた。
「ごっ。ごほっ」
青葉が唇を離すと、薫は噎せながらさらに大量の水を吐いた。
「ごほっ。けほっ。はあっ、はあっ、はあっ。こほっ」
「薫っ」
「薫…もう…駄目かと」青葉と佳子が口々に言う。―良かった。二人とも、ちゃんと死の世界から還って来てくれた。青葉は、安堵感でまた胸が熱くなった。
「…少尉」
「何?」青葉は、仰向けの薫に膝枕させながら言う。
「私…とても怖かったです…暗くて、冷たくて…息も、出来なくて…」
その顔には、いつもの人形じみた平然さが嘘のような、子供のような怯えが浮かんでいた。意外だったが、あるいはこれが本来の薫なのかも知れなかった。
「うん、偉かったよ、薫」
「はい…」薫は弱々しい微笑を浮かべると、体力を使い果たしたのか、そのまま目を閉じると昏睡のような深い眠りへと落ちていった。
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