(うそっ)
麻耶の頭は、パニックを起こし始めていた。あと少し。あと少しだけなのに。麻耶は、擦り傷が出来るのも構わず、頭上の岩と岩との間にぐいぐいと体を押し込んだ。
それでも、岩の隙間は狭く、とても体を通すことはできない。
麻耶は、その姿勢のままで、上に挙げた右腕をありったけ高く伸ばした。水面を探して、手で力をこめて水を掻く。まるで、顔が無理なのなら、せめて手だけでも水の上に出したいというように。しかし水面はとても遠く、麻耶の手のひらに伝わるのは水の感触だけだった。
(戻らなきゃ)
麻耶は岩肌に両腕を上に突っ張って、岩の隙間から体を抜いた。竪穴が行き止まりだったことを下で待っている千登勢に伝えて、あの池の入り口まで戻らなければならない。
胸が痛くなってきていた。落ち着け。落ち着け。手と足を交互に使い、まるで梯子を下りるようにして竪穴の入り口まで下りていく。途中で麻耶はこぽぽぽっ、と少し多めに息を吐き、胸の痛みを和らげた。
千登勢は、入り口のすぐ横で待っていた。猫背になって、天井に背中をつけるような姿勢で水の中に浮かんでいる。本格的に苦しくなってきたのだろう、頬を少し膨らませ、両手をぎゅっと握り締めるようにして息をこらえていた。
(麻耶ちゃん)
千登勢が、通路の中に戻ってきた麻耶に目で訊いてくる。(どうだった)(出口は)
麻耶はしかし、ゆっくりとかぶりを横にふると、手を横にして自分の喉元につけ、自分がまだ呼吸していないことを伝えた。
千登勢の顔がくっとこわばった。