『平和新聞ながさき版』コラム
(2013年12月15日) シェイクスピアの悲劇『ハムレット』があるが、劇中において秘密保護法案が通ったとしたら…? オフィーリア「ハムレット様、何を読んでらっしゃるの?」ハムレット「ひみつ、ひみつ、ひみつ」ハムレット退場。教唆の罪でオフィーリアも退場。観客もみんな捕まる▼「秘密」と一口に言っても、奥が深い。秘密が何か、分からないから秘密。秘密が明かされた瞬間、秘密は秘密ではなくなる。秘密に触れれば逮捕で、逮捕理由も秘密▼「国民の知る権利」と真っ向から反発する法律。それが秘密保護法で、国民の十分な議論のないままに、秘密裏に事が進む。拙速過ぎる▼ギリシャ神話の「パンドラの箱」は、好奇心から開けてはならない箱を開けて、世界に様々な災厄を振り撒く話。「パンドラ」の名前の意味は「あらゆるものに恵まれた女」▼パンドラの箱の底には、「希望」が残っていた。この箱の底には、何が残るのか? 「良識」が残っているなら、今すぐ蓋を閉めるべき。後悔はいつも後になって生まれる。(む) |
(2013年12月5日) 毎年コンサートを開催している男声合唱団「ながせん」、今年は女声コーラスといっしょだった。演奏した20曲中の人気ベスト5は「死んだ男の残したものは」「レ・ミゼラブル/民衆の歌が聞こえるか」「人として」「戦争の足音」「ドックの仲間」だったという。メッセージ性の強い曲ばかりだ▼「ながせん」は、今年の日本のうたごえ祭典(大阪)合唱コンクール(職場の部)で、その「人として」と「戦争の足音」を演奏し「銀賞」を得た。「人として」は、大阪の橋下市長が職員への思想調査を実施した人権侵害をテーマにした曲だ。「ながせん」の歌唱力もさることながら、働く人たちに想いを寄せ、歌で「生きる力」を広げようとがんばる積極性に拍手を送るファンも多い▼コンサートの翌々日、国会では自公政権が「秘密保護法案」の衆院採決を強行した。元自民党幹事長の野中広務氏をして「戦争の足音がする(悪法)」と語らせたきな臭い法案だ。そうした危険な政治の動きをも機敏にとらえ、「民衆の歌(声)が聞こえないのか」と歌う集団に期待したい。(☆) |
(2013年11月15日) ここ最近、新聞やニュースで目にする「食品の虚偽表示」。有名ホテルから百貨店、オンラインショップまで。筆者の勤める食品工場にも、このほど取引先百貨店から虚偽表示の有無を確認する調査があった▼原材料のほとんどを県内産にこだわりそれを売りにしているのだから虚偽などもってのほか。しかし、巷で多くの偽装表示が明るみに出ているからには消費者を納得させる必要がある。ポケットの裏までひっくり返して潔白ですよ、と知らせる。消費者には知る権利がある▼それなのに、国家の情報になると我々の知る権利が危うくなってきた。与党が強行してでも成立させたい特定秘密保護法案。条文のなかに「その他」という言葉が36カ所も出てくる。曖昧な解釈を目的としていることが丸わかりである。いざ適応する時に、「その他」に該当する事項は無限にありそうだ▼食品にも「産地は長崎県その他」と表示してみてはどうだろう。消費者は納得するであろうか。答えは否である。戦前に逆戻りの危険な法案、必ず廃案に!(み) |
(2013年10月25日) 「福島第一原発事故を憶えていますか?」と問われて、「忘れた」と答える人はまだ少ないだろう。日々の生活が大変で、「あの時」のことを気に留める余裕がない人も多い。しかし、忘れることは誰にもできない▼マリー・ローランサンの『鎮静剤』という詩がある。「寄る辺ない女より哀れなのは追われた女。追われた女より哀れなのは死んだ女。死んだ女より哀れなのは忘れられた女」。忘れられるということは、何よりも哀れ▼ギリシャ神話には、レーテー(忘却)という名の川があり、そこを渡ると生前の記憶が無くなるという。生きている人間には、レーテーを渡ることは許されない。私たちは歴史の真っただ中に生きている。私たち一人ひとりの行動が、社会のあり方を決定する。その当事者感覚を忘れてはならない▼人間は忘れっぽい。過去の戦争の記憶を忘れ、平和憲法すら変えようとする始末だ。私たちは、一人ひとりの記憶に留めなければならない。憶えておくことが多く、結構大変な社会だが。(む) |
(2013年10月15日) 「原発テロへの危機感が現実のものに…」とNHKが放映した。東電・福島原子力発電所の爆発事故から世界が学んだものの一つは、「原発テロは原子炉の電源を遮断するだけで十分」だということ。いま世界では核物質の盗難や、厳重なはずの核施設への侵入事件が相次いでいるとして、日本の対策の不十分さを報じたのだ▼また、「問題は日本がプルトニウムを大量に抱え、原爆1100発をつくるのに十分な使用済み核燃料を持っていること」と指摘する。加えて「米国は軍事機密としてこの問題を扱っているが、日本では?透明性と公開性?をたてまえに議論さえない」と▼報道の結論に注目していたが、結局は原発がテロの標的にされた時の危険性を提起するにとどまった▼核戦争をなくす唯一の道は核兵器廃絶しかないというのは今や世界の常識だ。同じように、原発が存在する限り「原発テロ」の危険性は際限なく広がる。原発をゼロにする努力こそ、唯一・最高の「原発テロ」対策であることは子どもにもわかる話だ。次回の報道に期待したい。(☆) |
(2013年9月25日) 「国防軍が必要だ」とのたまう政治家は絶対に前線には行かない。「戦争を賛美する人間は、『最後まで』戦争を知らない人間だ」と強く思う▼今年八月に聞いた被爆者の話。「被爆体験は聞かせられる。被爆写真の強烈な画像も見せられる。でも、臭いだけは伝わらない。原爆投下後に続いた死臭の酷さは、絶対に伝えられない」▼戦争の本当の悲惨を私たちは知らない。テレビは「本当」をちっとも伝えない。戦争は人間同士の殺し合いに過ぎないのに▼イメージせよ。君は誰かの命令で、誰かを殺そうとしなければならない。そして、その結果、誰かに殺されるかも知れない。君は誰かを守るために、「それをやろう」と言うかも知れない。決意は立派だが、「捨て駒」であることに変わりはしない▼忠誠心。一見、美徳だが、その本質は滑稽だ。為政者や指揮官の都合の良い人形として扱われる。そして、役に立たなくなったら、ポイッ。そのときに泣いても遅い。だから今、抗議すべき。精一杯でかい声で。(む) |
(2013年8月25日) 『愛国心』は、保守的で右翼的な言葉…と捉えたくなるが、「国を愛する心」と言い換えれば母国への想いとして多かれ少なかれ誰しもの心にあるのではないだろうか▼68年目を迎えた終戦の日、戦没者追悼式では異例の出来事があった。歴代の首相達が言及してきた「アジア諸国の犠牲者に対する加害者責任」を、安倍首相が触れなかったことだ。また、内閣の閣僚達がこぞって靖国神社参拝を行った。当然、中国・韓国からの非難の的となった▼中・韓と関係改善する姿勢を見せずに、TPP、消費増税、原発再稼働などの政策をむりやり進める政府。ただ米国の利益のために日本があるかのように。目に見えない米国の支配はいまも続いている▼国を売るような政治家が政権を握っている。本当に国を愛する気持ちがあるなら、これは嘆かわしいことだ。国を大事に思えば今こそ対米独立。国民ひとりひとりに国を本当の意味で愛してほしい。マスメディアも一部の権力に加担することなく、国を想う報道をしてほしい。(み) |
(2013年8月5日) 南の楚の国に向かうのに、北に馬を走らせる。ある者がその非を問うと「いや、これは良馬だから」「御者が優れているから」と言って、話にならない。進めば進むほど、楚の国から離れていく▼中国の思想書『戦国策』に出てくるお話で、「努力すればするほど目標から遠ざかる」という例えだ。何を為すにしても、方向性や方針が誤っていれば、意味が無い▼国策はどうだろうか? どれを取っても、方針が怪しい。「南の楚に向かうのに北に良馬を走らせる」の愚を犯しているのではないか? 「アベノミクス」など、その最たるものだろう▼7月の参院選で棄権した有権者の気持ちの裏には「今の政治には期待できない」という政治不信がある。最初から期待をしなければ、失望することもない。理解できる心理だが、ちょっと淋しい▼これからの日本、「期待しなくても失望する社会」になりかねない。軍靴の音を遠ざけるには、護憲を貫く必要がある。方角を誤らねば、いつかは目的地にたどり着くのだから。(む) |
(2013年7月15日) 中学校の同窓会で佐世保・平戸を訪ねた。佐世保駅で遠方の友と合流した後の見学先は海上自衛隊資料室。米艦船や自衛隊艦船が並ぶ佐世保港を一望する4階建てだ▼軽快なしゃべり口の職員が親しげに案内する。同級生の一人が港を指さして質問した。「あの灰色の軍艦は何のためにあそこにおるんですか?」と。職員氏、「そりゃ、戦争のためたい」と胸を張った。一同、唖然とした表情だ▼日露から太平洋戦争にいたる旧日本海軍の行動と戦果、人物像を紹介する。展示場所ごとに、よどみなく数字の一桁にいたるまで、独特の語り口で流し続ける職員氏だ。「すごいね!一字一句丸暗記してるよ」「同じこと、これまで何回しゃべったのかな」と同窓生の面々。あきれ顔半分で感心することしきり▼駐車場に向かいながら、「家での生活もあんなにペラペラかな」「戦争屋って感じ」の声。職員氏からは、憲法9条と施設の関係、戦争への反省の弁は一言もなし。時代錯誤の施設でも建設費は国民の税金なのだ。(☆) |
(2013年6月25日) イプセンの戯曲『民衆の敵』が印象的で、福島を連想した。伝染病流行の原因を突き止めた学者が、新聞社に論文を発表する際、経済的利害から兄の町長に阻まれる。「この町に住めなくなるぞ」「目に見えない細菌が原因。誰も信じやしない」「御用学者になれ」と脅される▼新聞社も町長に抱き込まれ、味方は家族だけ。情報操作された民衆から、論文についての説明を禁止される。学者は演説で怒りをぶちまけ、「大衆の愚」を罵り、「民衆の敵」となって町から追われてしまう▼町を出る時、学者の妻が「お日さまの光と春風だけで生きてゆかれるものならねえ!」とこぼすと学者は居直り、遠い未来には自分の考え方が浸透する日が来ると強調して終わる▼私たちが平和を希求すれば戦争批判に傾く。自国の軍事力増強で平和が保てると信じる民衆から、私たちは「民衆の敵」と罵られるかも知れない。学び、伝え、つながることが大事。私たちが「民衆の味方」になるには、民衆の「見方」にかかっている。(む) |
(2013年6月15日) 「大阪がオスプレイを受け入れる」ー橋下大阪市長発言がまたも波紋を呼んでいる▼八尾空港は住宅密集地であるうえ、過去に何度もヘリやセスナ機の墜落事故を起こしている。寝耳に水の田中八尾市長は反対を表明するも、にわかには返答できない様な曖昧な態度だ▼「沖縄の負担軽減」を念頭に置いた発言だというが、先の「風俗発言」に対する名誉挽回パフォーマンスとの批判も少なくない。沖縄各紙の社説を読んでみても冷ややかな反応で、「まずは県外議論を」というような見出しがついていた▼辺野古にしろオスプレイにしろ、問題は県外移設が解決に繋がるのかということ。「沖縄の負担軽減」が免罪符になり、米軍のもたらす問題を国内でたらい回しにしているうちは安保、地位協定、占領国家を認めているようなものだ。議論すべきは日本に米軍基地が必要かどうかの部分ではなかろうか。憲法にもつながる内容なので、この機会にもう一度皆で議論してみたい。(み) |
(2013年5月25日) カッサンドラ=ギリシャ神話の女性予言者で、確実に当たる予言の力を備えていたが「誰にも信じてもらえない」という呪いがかけられていた。トロイ戦争を予言する▼【カッサンドラ・コンプレックス】という言葉がある。ブルース・ウィリス主演のSF映画『12モンキーズ』の作品の中で出てくる造語で、予言者のジレンマを表した言葉だ▼星新一のエッセイ集『きまぐれ暦』で「予言とは当たらなければ意味が無いし、当たればやっぱり意味が無い」との言葉がある。予言者の苦悩が思いやられる▼私たちは予言者ではない。けれども、憲法改悪を懸念し、戦争を危惧し、道を誤る可能性を示唆することは往々にして多い。予言者ではないが、可能性の高い未来を占っているのかも知れない▼第三次世界大戦や核戦争の可能性は? 夢幻と断ずることができなければ、やはりそれは実現可能性の高い未来だ。ならば、そこを避ける未来を選択する必要がある。いつでも「今現在」が分岐点、道を誤らないように。(む) |
(2013年5月15日) 2013年の国民平和大行進が東京・夢の島や、北海道・礼文島などから相次いで出発した。「80歳を超えてもたたかわなくてはいけない。核兵器がなくなっていないから」と語った被爆者代表の出発集会でのあいさつが胸を突く▼平均年齢76歳となったわが兄弟たちも、たまに寄れば原爆の犠牲になった26歳の姉のことが話題にのぼる。核兵器廃絶は我が家の悲願でもある。いや、原発災害の怖さをも知った日本国民の思いだ▼核保有国を含むNPT再検討会議が2年後に迫った。準備委員会は「核兵器が使われない唯一の保障は、核兵器の廃絶」との共同声明を発表。「いま行動の時、明日では遅すぎる」と訴えた。ところが日本政府は、「声明」に背をむけ賛同しなかった。80歳を超えてなお核廃絶への声を荒げなくてはならない被爆者の足を引っ張る行為が許されていいはずがない▼米国下院では、11回目となる核廃絶法案が提出されたという。「核開発予算を住宅や医療、年金、環境保護に」と求めて(☆) |
(2013年4月25日) 24時間営業のコンビニエンスストア、ファミリーレストランにスーパーマーケット。何時でも欲しいときに欲しいものが手に入るのは当たり前の便利な時代になった▼ニューヨーク地下鉄を視察した猪瀬都知事、帰国すると早速公言した。「年内に都営バスを終夜運行にする」と▼学生時代、自宅近くを通るバスの最終が17時台だった。最後の講義を終えて駆け足でバス停まで向かった思い出からすると、さすが「眠らない街」だけあるなと思う。今でさえ深夜1時頃までバスは運行しているらしい▼24時間が利用者にとって便利であることは確かだが、そこで働く人にとってはいかがなものか。夜間の就労で体内時計のリズムが狂ったり、家族との時間を犠牲にしなければらなかったり…失うものが多いのではなかろうか。オリンピックやバスの24時間運行よりも保育所待機児童をなくすほうが都民にとって切実である。暮しを良くする政策に税金を使ってほしい。どの都道府県でも私たちが願うのはそのことだ。(み) |
(2013年4月15日) 「賢さを伴わない勇気は野蛮で、勇気を伴わない賢さは糞の役にも立ちません!」とはドイツの児童文学者・ケストナーの言葉。ナチスによって自らの著書を焚書されるのを見学したほどの豪胆さを持つケストナーならではの言葉▼「蛮勇」という言葉がある。「理非を考えずに突進する勇気。向う見ずの勇気」とある。安倍晋三首相は蛮勇を奮って、TPP交渉参加を表明した。アメリカ言いなりの日本の象徴だ▼ケストナーは次のようにも言う。「世界の歴史には、愚かな連中が勇気を持ち、賢い人たちが臆病だったような時代がいくらもあります」。「見ざる・言わざる・聞かざる」は日本だけの言葉ではない▼勇気とは何か? 賢さとは? と自問すると、それは「誰かの役に立てる」という意識から始まるように思う。「力」とは人のために使うからこそ意味があって、圧力や暴力は要らない▼「あなたたちは微力であって無力ではない」の言葉が心に響く。誰かのために。その意識が平和への一歩だと感じる。(む) |
(2013年3月25日) 政治は誰かが何とかしてくれる。待っていれば、英雄的な人物が現れて、全てを解決してくれる?この大衆心理は「英雄待望論」と呼ばれる▼日本維新の会の橋下徹氏。憲法を敵視し、9条を潰そうと画策している張本人だ。小気味いい言葉を駆使し、マスメディアを利用する小ヒトラー▼ブレヒトの戯曲『ガリレオの生涯』で「英雄のいない国は不幸だ」と叫ぶアンドレア少年に対し、ガリレオはこう言う。「違うぞ。英雄を必要とする国が不幸なのだよ」▼労働組合運動などで「あなたたち一人ひとりがヒーローです」との言葉を聞く。誇らしい気持ちになるのは何故だろう? それは、社会を動かしているのが、国民一人ひとりだという自覚を再確認させてくれるからかも知れない▼英雄は自分の理想を他人に押し付ける。しかし、思想信条の自由を憲法は保障している。憲法を変えるということ、それがどれほど危険なのか、自称「英雄」たちにはわかっていない。アレクサンドロスや曹操は現代には必要ない。(む) |
(2013年3月15日) ハナバチの社会は女王を中心とした女性社会…働きバチは全て娘である。「偉大なる母」女王が産んだ女系社会だ▼オスは交配のためだけに生まれ、不妊である働きバチのメスたちは女王が産んだ妹達を育てるため、巣を守り蜜を集める。自らの遺伝子を継ぐ子孫を残すため、メスたちは献身的に働く。「子を守りたい」と強く思う気持ち、理屈では説明のつかない本能のようなものが女性にはある▼東日本大震災から2年が経った。原発事故による放射能漏れから内部被曝を避けるために自主避難を決行した母子は福島県だけにとどまらない。たとえ家族が離散しても、我が子を守りたい母心は理屈で語れない。私自身一児の母であるが、どんな時でも子の命を優先してしまう思考回路は、プログラムされているかのように正確で揺るぎない▼子どもは未来を作る、とすると母たちは滅びるまいと必死に未来を守っているのではないだろうか。原発や核がいかに危険なものであるか、今こそ母親パワーを集結させて訴えるときだ。(み) |
(2013年2月25日) 一年間に正規雇用が12万人も減少し、非正規労働者の割合が35・2%と過去最高を記録した。元凶は大企業の大リストラ。若者が将来に希望を持てず、高齢者が年金切り下げに苦しんでいるのに、「世界3位の経済力」って何だろう▼大企業の隠し利益(内部留保)は膨らむ一方、労働者の賃金はこの15年間に一人年70万円も減少した。ところが生活保護より少なくなったから生保を削減するという。本末転倒も甚だしい▼安倍首相は「企業の利益向上が賃上げにつながる」とうそぶくが、だまされてはいけない。40数年前の高度成長期ですら大企業は、?パイの理論?を振りかざして「不況の時は賃上げできない」といい、好況の時も「不況の時のため賃上げは我慢せよ」と、ひたすら儲けをため込んだ。労働者は団結してたたかうことで賃上げと労働条件向上を実現してきたのだ▼大企業の横暴にモノ言える政治と、団結した労働者のたたかいこそ内部留保を吐き出させる力。13春闘、労働組合の真価が問われる(☆) |
(2013年2月15日) 社会の思想には二つの潮流がある。生命以上の価値が存在する、という説と生命に勝るものはない、という説だ。人は戦いを始めるとき前者を口実にし、戦いをやめるとき後者を理由にする▼作家・田中芳樹氏の言葉で、好戦的な人間のご都合主義を揶揄したものだ。大義名分など、言いようで随分変わる▼「右傾化」の言葉が巷でかまびすしい。ブレーキを外し、「国益」や「愛国心」のニンジンをぶら下げ、「戦争」という目的地に向かっていく。「そんなことはない」という根拠の無い自信は現実に直面すると雲散霧消するものだ▼懸念は危惧に変わるもので、危惧は危険に変わる。危険と感じた時では遅過ぎる。必死に押し止めなければ奈落の底に落ちぬとも限らない▼芥川龍之介短編集の解説に夏目漱石の言葉が引用されてあった。「人間は馬になりたがる。しかし、我々は牛にならねばならぬ。そして、押して押して押しまくるのです」。今こそブレーキ役の踏ん張りどころ。我々は牛にならねばならぬ。(む) |
(2013年1月25日) アメリカ・コネティカット州の小学校で起きた銃乱射事件。児童を含む26人もの死者を出し犯人は自殺するという痛ましいニュースに世界中が震撼した▼事件を受けて、にわかに銃規制へスポットが当てられた。だが、銃による無差別殺傷事件はアメリカでは珍しくない。時間の経過とともに事件の記憶は人々から薄れ、銃規制へ傾向した世論も弱まるという▼銃を含む武器、軍需産業はアメリカの経済の大部分を支えている。年間数億ドルを稼ぐ産業。政府の税収の一部は武器の製造、売却、輸出によってまかなわれている▼それだけでなく、アメリカ人の文化、個人の自由等との結びつきが強い。「悲惨な事件を防ぐために銃武装して学校を警護すべき」という声が示す通り、事件が更に銃所持を促す負のスパイラルが見えてくる▼疑わしき隣人を増やし、やられる前にやれ、と言わんばかりだ。集団的自衛権の行使を前向きに進める背景には、アメリカ銃社会が生み出した精神があるのは間違いない。日本が岐路に立たされていると言うべきかもしれない。(み) |