ホームニュース一覧2013

避難から2年 除染進まぬ飯舘村

 5月22日、長崎県健康友の会会議室で、東電福島第一原発の事故の影響で全村避難となっている飯舘村の佐藤八郎村議との懇談会が持たれました。長崎の被爆体験を村民の健康対策に役立たせる目的で議員全員による視察が行われ、その間を割いての懇談会となりました。

●村の状況は

 1700戸だった世帯が分居せざるをえず3180戸になって各地で生活している。20の行政区域のうち、現段階で5年間は帰れない区域1、同4年が3、同3年が16と「分断」されている。村長名で申請し、国が認定する形式だが、そうしないと国が認めない。被害者は区分けを要求していない。だが加害者政府が決めた区分けに従わざる得ないのが実情。

●村民の声

 「若い人は帰らないだろう」「子どもがいる人は絶対帰らない」「年寄りはここでは死ねないので村に帰る。だが帰って何をすればいい」「普段話し相手がいない。ボランティアの学生が訪問して話を聞いてくれた。孫が帰ってきたようで嬉しかった」。

●除染の実態

 線量を下げるのが除染の目的なのに、ゼネコンが公共事業としてやっている。だから除染物をきちんと管理しない。数ヶ月後に線量が上がる。それの繰り返し。堪ったもんじゃない。
 村の75%が森林。除染の見通しは全く立たない。実証試験を林野庁でやったがまだ結果が出ていない。どうやって都合の良いデータだけ出すか、時間がかかっているようだ。

●結局はゼネコンの金儲けの場

 国は被害の実態を明らかにしようとせず「除染、復興」という。だが実態は国家予算の山分けだ。村の復興計画推進委員会には顧問として東芝が入っていて再生可能エネルギーの技術検証を始める。原発を造ったのもゼネコン、事故後の「除染」もゼネコン、復興もゼネコン。どんな場でも儲けの仕組みが用意されている。

(2013年5月23日)