ホームニュース一覧2011

被爆地ナガサキから脱原発の声を

ナガサキ・アクションに600人

 9月19日、松が枝埠頭緑地で「さようなら原発ナガサキ・アクション」が行われ、約600人が参加しました。大江健三郎さん、落合恵子さん、坂本龍一さんなど9人が呼びかけた脱原発と自然エネルギーへの転換を訴える「さようなら原発1000万人アクション」に呼応して、長崎県でも取り組まれたものです。ながさき平和委員会も脱原発のプラカードやゼッケンを作って参加しました。長さ1mの大型プラカードは人々の注目を浴び、多くのマスコミが撮影していきました。

 集会はミュージシャンらのライブに脱原発の思いを訴えるトークを交えて行われました。軽快なリズムで西アフリカの民族打楽器ジャンベを打ち鳴らして踊る地元のグループ−「良い生活をさせてもらった原発よ、まずはありがとう。でも事故でいらないと気づいたもうおやすみください、さようなら原発」と呼びかけました。

 「今は もう 信じない 安全神〜話」-誰もが知っている「大きな古時計」の替え歌で事故の真実にせまり、東電・政府の対応を皮肉った、地元ミュージシャンの「大きな古原発 in Fukushima」は会場を沸かせました。

 元慶応大学の藤田祐幸さんは原発は(1)事故が起きたらとりかえしがつかない、(2)労働者の被ばくなしには動かない、(3)核廃棄物は子孫にツケを残す、から反対してきた。そして事故が起き、もう原発の安全性はあり得ないと述べました。福島の事故は収束が見えない。収束とは放射能レベルが以前と同じになり人々が生活できるようになるとすれば、それには100年以上かかるかもしれない。にも拘らず日本の原発は止まる兆しがない。今一番危ないのは老朽化して脆くなった玄海1号機、これを一刻も早く止める必要がある。そして原発の再稼働を許さないことが歴史に対する責任だと訴えました。

 集会終了後、参加者は「核のゴミ残さないで」「原発ゼロへ」などのパネルや幟旗を掲げて松ケ枝から大波止、浜町アーケードを通って中央公園まで脱原発をアピールしながらパレードをしました。

(2011年9月20日)