前畑弾薬庫敷地内で作業所が全焼
早急に求められる撤去返還

 10月21日午後4時過ぎ、米海軍前畑弾薬庫(佐世保弾薬補給所)敷地内で火災が発生し、弾薬の運搬や貯蔵に使う木製の台を保管する木工作業所が全焼しました。弾薬庫そのものへの延焼はありませんでしたが、鎮火まで長時間を要し、周辺住民を不安に陥れました。全焼した作業所は旧日本海軍が1942年に建造したもので木造一部鉄骨造り一部二階建て。作業所から最も近い弾薬庫までの距離は約60メートル。現場近くには、航空機用の爆弾を加工する作業場もあったことが報道されており、延焼すれば大惨事につながりかねない火災といえます。

 基地の消防隊が火災を知ったのは午後4時8分で、約2分後に弾薬庫の消防隊員が駆けつけ、午後4時20分に基地の本隊も到着しました。消火作業にあたったのは、はしご車2台とポンプ車1台だけで、鎮火したのは午後8時40分ごろでした。翌22日に佐世保基地司令官ペイン大佐が佐世保市に謝罪をした際に、消火に手間取った理由として「建物の中に、酸素ボンベがあり、爆発の危険もあり、中に突入できなかった」ことを明らかにしました。

 一方、米軍から佐世保市への火災の通報はなく、佐世保市消防局には午後4時15分に周辺住民から119番通報がありました。佐世保市と米軍は「消防相互援助協定」を結んでおり、消防局側が応援出動を打診したところ、基地側は「弾薬庫と距離があり、必要ない」と拒否。そのため市消防局は消防車3台を弾薬庫のゲート前に待機させました。また警察官2人が米軍の許可を得て、一時敷地内に調査に入っています。

 前畑弾薬庫は旧日本海軍の火薬庫で、戦後、米陸軍が接収しました。1955年以降は米海軍が弾薬の貯蔵などに使用していて、弾薬庫は計34棟あります。弾薬の種類や数量は公表されていませんが、その危険度に応じた数字の標識が掲げられています。

 周辺は宅地造成が進み、弾薬庫から約70メートルの所まで民家が迫っています。近くには石油・ガスタンクがあります。今回の火災の出火原因等はまだ不明ですが、改めて弾薬庫の危険性を認識するものとなりました。一刻も早い撤去返還が求められます。

【基地の概要】    ・佐世保弾薬補給所
【提供建物調査内訳表】・佐世保弾薬補給所