米英のイラク攻撃から2年、世界中でいっせいの反戦行動が展開されました。長崎でも3月19日、ワールドピースナウ・ナガサキの集会が開かれました。
集会には約400人が参加、音楽やトークで自衛隊の撤退を求める発言やアピールが続きました。長崎大学医学部で劣化ウラン弾被害の治療法を研究するために来日しているイラク人医師2人は「医療設備が破壊され、医療品も不足している。白血病などで苦しむ子どもたちの支援、自衛隊ではなく市民の支援を」と訴えがありました。集会後、思い思いのデコレーションや旗を手にしたパレードなどが行われました。夜には特派員として65ヶ国を訪問した朝日新聞の伊藤千尋さんのとても元気の出る講演会が行われました。
☆講演概要☆
ロサンゼルスに赴任して2週間後に同時多発テロ事件が起きた。全米第2の都市ロスも車一台、人っ子1人いないゴーストタウンと化した。ニューヨークの次はロスだという噂が流れたためであった。その後米国は星条旗一色に染まり、3ヶ月間、異様な雰囲気に包まれた。
テロ事件に対する報復措置を大統領に委ねる決議が議会でなされた。だがたった1人反対した女性議員は議会が政府を監視すべきと主張した。そのため彼女に対する攻撃はエスカレートしていった。しかし逆に支持が殺到、次の選挙では大差で再選された。インタビューで、1人だけ反対したその勇気の根源はという問いに彼女は「議員として憲法にそった行動をした。義務を果たしただけだ」と答えた。
イラク戦争前に全米で150の反戦デモが起こったが、戦争前の反戦デモは全米史上初めてのことだった。ニューヨーク38万人、ロス10万人、サンフランシスコでは人口の1/3が参加。彼らのデモは明るい。そもそもアピールすることが目的なのでいかに目立つか、いろいろと工夫をしている。見ている方も楽しいし、見て討論になる。やっている本人も楽しい。それに比べると日本のデモは暗い。
一方、104市議会で戦争前に反戦決議が上がった。いわば地方の反乱である。戦争で福祉、健康予算が削られていったのである。そのために教員削減、また費用削減のために200人の囚人が釈放されるということまで起こった。
アメリカ政府はひどいが、国民は捨てたもんじゃない。基本的人権を無視する「愛国法」が通っても憲法の下にその運用を拒む警官や職員がいた。現職のブッシュは再選されたが、選挙の神様と言われる選挙参謀の下、戦時大統領にもかかわらず得票率はわずか51%だった。現在ブッシュ寄りといわれるワシントンポストの世論調査でイラク戦争に価値がなかったと答えたのは53%にも及ぶ。いつまでもブッシュのアメリカではない。世界もそうだ。極右といわれるイタリア首相でさえ国民世論の前にイラク撤兵を口にせざるを得なくなっている。
コスタリカは1949年、内戦の反省から常備軍の廃止を憲法で定めた。軍隊を持たないコスタリカは教育によって育まれた人権感覚が小学生からある国である。
1人の大学生が大統領がイラク戦争への支持声明を出したことを憲法違反として提訴した。結果は全面勝訴で裁判所が、支持声明取り消しと米国の有志連合リストからの削除要請命令を出した。電話一本で裁判を起こせるような制度が作られているのだ。
コスタリカ大統領は「平和の輸出」で1987年にノーベル平和賞を受賞した。日本がカンボジアに自衛隊を派遣するかどうか議論されている時期に来日したコスタリカ大統領は「軍服で行ったら嫌われる。日本は貧困、農業、医療、公害などの対策で貢献できるではないか」と述べた。
市民は「努力をしてきたから他国に攻め込まれることはない」と胸を張っている。彼らは憲法に誇りを持ち、実践している。その根幹は教育である。憲法制定後、兵士の数だけ教師をつくることになり、軍事費がそのまま教育費に変わった。現在でも国家予算の4分の1に相当する。彼らだけではなく、世界の人々は憲法を使っているのである。日本政府も多数の国民も憲法を使い、活かさなくてはいけない。
軍事を知ってこそ平和主義者になれる。北朝鮮のミサイルは脅威として報道されているが本当にそうだろうか。
近代戦争は制空権で決まる。米軍は戦闘機パイロットに年間240時間の訓練時間を使っている。日本は180時間に対して北朝鮮はわずか9時間。燃料がないからである。ではミサイルはどうか。100発ほどが日本に向けられているというが、ミサイルの効率はそもそも悪い。おそらく死ぬのは10人程度だろう。ところが核搭載となるとそうはいかない。しかし、ミサイルに搭載できる核兵器を造るのは核実験と長い年月を必要とする。おそらく北朝鮮が攻撃をしようものなら、逆に米軍の攻撃によって壊滅的な被害を被るだろう。事実に即してみれば北朝鮮の脅威は虚構だということが分かる。しかし事実を知るためには努力が必要だ。
だめな日本だが、それでも変わってきた。国民の力はあると思う。使っていないだけだ。阪神大震災からの10年、NGOやNPOの力は大きくなった。だがまだまだ一部だ。いま、一人ひとりが声を上げることが大事だ。それが大きな運動につながっていく。そして社会に人々が誇りを持てるような国に日本が変われば、世界も変わる。