いま,一人ひとりが憲法の語り部に 1月17日、第15回自由と民主主義を願う市民のつどい(長崎市役所従業員組合主催)が開かれ、「九条の会」事務局長の小森陽一さん(東京大学教養学部教授)が「輝かそう憲法九条」と題した講演を行ないました。このつどいは1990年、「昭和天皇にも戦争責任はあると思う」と発言した本島等市長(当時)が市役所玄関前で右翼の銃撃テロにあった事件をうけ、こうした野蛮な行為を二度と許さないことを堅く誓い合うために毎年開かれているものです。つどいには約300名の市民が駆けつけ、小森さんの講演に聞き入りました。(以下、要旨) 全国で「九条の会」の講演は会場の倍を上回る参加者が集まるなど大きな成功を収めている。半年間の運動でマスメディアの取り扱いが変わった。「なぜ九条の会が広がっているのか」とまで書かざるを得ないように、この運動がマスメディアを変えているのである。いまこそ一人ひとりが憲法の語り部になることが重要だ。 憲法をめぐる論点は次の6つだ。
憲法は国家権力を縛るための最高法規である。憲法前文は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し」とある。大日本帝国憲法下では主権は天皇だけにあり、戦争の開始・終結を実行できる唯一の存在であった。だから原爆投下の責任の半分は無条件降伏を遅らせた天皇にある。その戦争の反省の上にたって主権は日本人一人ひとりに移された。そして無力な一人ひとりの主権者を守るためには、国家権力を担うひとびとに憲法を守らせる必要があるのだ。自民党の憲法改悪案は、これを百八十度転換し、国家が愛国心で国民一人ひとりの心を縛る最高法規にしようとしている。いわば新しい全体主義である。 今年は自民党の結党五十年であるが、そもそも憲法を変える事を目的として当時の自由党と民主党が合同したのである。憲法を変えるために衆参で2/3以上の議席を狙ったが、それには届かなかった。残りの1/3を超える議席が憲法改悪を阻止してきたのである。これ以降、自民党としては必然的に解釈改憲に向かうことになった。首相を含め国家公務員の憲法尊重義務があるため、本音では改憲を思っていも口では憲法順守を言わざるを得ない状況に陥ったためである。 米ソ冷戦構造の崩壊後、アメリカは日本をイギリスのような同盟国に仕立て上げようとしている。それらは日米安保共同宣言、新ガイドライン、アーミテージ報告などにみてとれる。 日米同盟がイギリス、イスラエルと違うところは憲法9条の存在である。アメリカ=イギリス、アメリカ=イスラエルの二国間軍事同盟による集団的自衛権の行使が20世紀と21世紀の戦争の火種となった。中東で戦火が絶えないのに、北東アジアでは「六ヶ国協議」という平和的外交交渉で問題解決を図ろうとしているのは背景に九条があるからである。中国やロシアの平和までも守り、九条が世界に平和をもたらしているのである。憲法九条の平和的解決の精神は国連憲章のなかにも活かされているし、けっして理想や一国平和主義などではないのだ。 憲法第25条は「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国はその向上及び増進に努めなければならない」と述べている。このために軍備に使われる予算は少なかった。まさに大砲かバターである。いま日本では生活苦で将来に希望が持てずに自殺する人が増えている。これは「兵士」を作り出す温床であり、戦争への道につながる。日々の暮らしの中の小さなことが憲法につながっている。 教育基本法前文は「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」とある。教育こそが憲法を支えるのである。だからこそいま教育基本法の改悪が狙われているのだ。「真理と平和を希求する人間」とは九条を自らの生き方として生き抜く人間のこと。そのことを子や孫たちの世代に伝えていくためにも手を携えて頑張っていこう。 |
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