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 隣の席から手を取って

 2

 八畳くらいの洋間に私が寝かされていたパイプベッドと、ローテーブルとテレビがある。部屋の灯りは落とされ、ミュートにしたテレビから光が漏れていた。
 ちょっと埃っぽい、生活感丸出しの室内。部屋の隅には何かの雑誌が積んであって、テレビ台の上にも小物がごちゃごちゃと載っている。
 見上げたカーテンレールには、私のジャケットと紳士物のスーツが吊ってあった。
 あ、これ間々田くんのスーツだ。
 目の前の服の持ち主に思い至ったところで、当の本人がドアを開けて入ってきた。
 白いTシャツに、紺のハーフパンツ姿。濡れた髪をタオルで拭いているから、お風呂上がりなんだろう。
 クラクラする頭をなんとか持ち上げて彼を見上げると、間々田くんは驚いたように目を瞠り、慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、高井さんっ」
「あ……うん。ごめん、私、潰れた?」
 差し出された手に抱き起こされた私は、ベッドに腰かけてふうっと息を吐いた。
 生活感ありありの部屋に、ラフな格好の後輩。対して二日酔い一歩手前の私……となれば、何があったのか大体の察しはつく。
 まだ濡れたままの頭を撫でつけ、間々田くんは困り顔でうなずいた。
「はい。すみません、そんなに酔わせるつもりじゃなかったんですけど。高井さんの家がわからなかったんで、とりあえずうちに……」
 私を居酒屋に誘った手前、間々田くんは責任を感じてくれているらしい。
 平気だという意味を込めて、私は首を横に振った。
「ううん、私こそセーブできなくてごめん。ありがとう。迷惑をかけちゃったね」
「いえ。迷惑とか全然思ってませんから。それより本当に大丈夫ですか。寝かせる前に水は飲ませましたけど、吐き気とかないです?」
「ん、平気。本当にごめん」
 どうやら、かなり面倒をかけてしまったようだ。
 謝罪の言葉を重ねると、間々田くんは大きく頭を振って、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「いいんです。それより調子が悪い時は遠慮しないで言ってくださいね」
 優しい彼の気遣いが、失恋でボロボロになった心に沁みていく。
 ほんと、良い子だなあ……。
 今までは私に彼氏がいたこともあって他の男性とあまり深く係わらなかったし、間々田くん自身がちょっとぼんやりしているうえコアな手フェチだから、変な趣味の掴みどころがない人っていうイメージだった。
 いまいち理解できない彼の好みを、ちょっとキモいと思っていた時期さえあった。
 今さらながら自分の思い込みを恥じる。本当の間々田くんはこんなに良い人なのに。
 申し訳なく思うのと同時に、強い感謝の気持ちが湧き上がった。
「ありがとう、色々と。こんなに優しくしてもらって、どうお返ししたらいいか、わからないけど」
 精一杯の思いを込めて頭を下げる。と、急に慌て出した間々田くんに肩を強く掴まれた。
「や、顔を上げてくださいっ。いいんですよ、お礼なんて。俺も、その……結構良い思いしたし……」
 不思議なことを言う彼につられて、頭を戻す。間々田くんは真っ赤な顔で、そわそわと視線をさまよわせていた。
「良い思いって?」
「あ……う……いっぱい、手を握っちゃったし。な、撫でたりも、しました」
 まるで罪を懺悔するように、間々田くんはぽつりぽつりと告白していく。彼は凄く恥ずかしそうだけど、聞いた私は拍子抜けした。
「そんなのが良い思いになるの?」
「そっ、そんなのって、俺にとっては何よりも嬉しいことで……!」
 キッと顔を上げ反論しはじめた彼の手を取り、強く握り締める。間々田くんはさながらセクハラを受けた女子のように飛び上がり、か細い悲鳴を上げた。
 女子力高いな、とか変に感心してしまう。私なら、部長にお尻を触られたとしても、こんなに可愛い反応はできないだろう。
 耳まで赤くした間々田くんは、目をそらしたまま小さく震えている。私の手のどこがそんなに良いのか、さっぱりわからない。
 掴んでいた手を、両手で握り直した。左手で支え、右手で彼の手のひらを揉んでいく。会社で間々田くんがしてくれたように。
「高井さん? あの、何を……」
「え。マッサージだよ。間々田くんの真似をしてるんだけど、気持ち良くない? 私じゃ下手すぎてダメかな」
 見よう見まねで彼の手の筋肉をほぐしてやる。一際大きくぶるっと震えた間々田くんは、私の手を乱暴に振り払って後ろに飛びのいた。
「だぁっ、ダメですよ! いや、普通に上手いですけど。き、気持ち良いから余計にダメっていうか……っ」
 彼はべったりと床に尻餅をついて、ちょっと大げさなくらいうろたえている。
 まるでセクハラを受けたうえ、関係を強要されている新入社員みたいな……って、いいかげん妄想のOLシリーズから離れようよ、と自分につっこんだところで、間々田くんのハーフパンツが不自然に隆起していると気づいた。まあ、男の人からすれば自然なのだけども。
 私もベッドから下りて、間々田くんににじり寄る。オロオロして何もできないでいる彼の股間に手を伸ばした。
「ちょっ、高井さんっ!?」
「……ねえ、手でしてあげよっか?」
 硬くなっている部分をさすりながら、なんでもないように問いかける。
 陸に上がった魚みたいにはくはくと口を開け閉めした間々田くんは、凄く遠い目をして「え、あの……」とつぶやいた。
 ひどく困惑しているのは伝わってくるけど、彼は「嫌だ」とか「ダメだ」とは言わない。本音ではしてほしいんだろう。
「代わりにお金を寄こせとか、責任を取れとか言わないし。ただのお礼みたいなもので。付き合ってる女の人とかいるなら、しないけど」
 言い訳みたいに理由を挙げ連ねる。
 愚痴に付き合わせて介抱までしてくれた彼に何かお返ししたいのは事実だけど、どうしてそこまでするのか、実は自分でもよくわからない。
 好きでもない男のものを触って慰めるなんてビッチっぽくて嫌なのに、間々田くんが良くなってるところを見てみたいと思ってしまった。
「そんなの、いません」
 ちょっとムッとしたような彼の言葉に、内心でうなずく。
 間々田くんはフェチがいきすぎてるくせに純情で、酔った女を襲うような外道でもない。もし特定の彼女がいるなら、何があっても私を家には入れないだろう。
「そう。じゃあ、ちょっと腰を浮かせて」
 勝手にすることに決定して、彼のハーフパンツを引っ張る。
「やっ。それはでも、さすがに……!」
 口では抵抗しつつも、間々田くんは腰を上げてくれた。
 もしかしたら逃げようとしていただけかもしれないけど、まあ結果は同じだからどっちでもいい。
 強引にハーフパンツと下着を太腿まで引き下ろすと、穿き口から彼のものがぴょこんと飛び出す。服の上から触っただけではよくわからなかったけど、それは結構大きかった。
「まあ。元気で立派な男の子ですねー」
「や、やめてくださいよっ」
 わざと赤ちゃんみたいに声をかけ、いいこいいこと撫でてやると、顔を真っ赤にした間々田くんに睨まれた。
 一言謝ってから、両手を添えて優しく扱いた。
 急所を押さえられたことでついに諦めたのか、間々田くんはじっとしたまま、くっと息を詰める。
 目元を染めて、顔をしかめる間々田くんは、想像していたよりも色っぽい。もっと乱れるところが見たくて手の動きを速めると、彼の太腿がブルブルと震え出した。
 いつの間にかお互いの吐息が熱くなっている。感じているのは間々田くんだけなのに、私も興奮してきてしまった。
「間々田くん、どう? 気持ちい……?」
 見ればわかることを、あえて尋ねる。
 ガクガクと首を縦に振った間々田くんは、荒い呼吸の合間にぽつぽつと状態を伝えてくれた。
「あ、良い、です……高井さん、が、こんな、してくれるなんて……っ」
 彼が私の名を呼んだ瞬間、ドクッと心臓が跳ねた。
 間々田くんにとって重要なのは手だけで、私のすべてを好んでいるわけじゃないのに、ドキドキしてしまう。
 やばい……彼、凄く良い、かも。
 今まで付き合ってきた男は同い年か年上だったから、年下に萌える趣味はないと思っていた。けど、悶える間々田くんは艶めかしくて可愛くて、もっと色々してあげたくなってくる。
 彼が興奮していることを証明するように、手の中のものが濡れはじめた。
 考えるよりも早く身体が動いて、先端に浮いた滴を舐め取った。はっきり言ってひどくまずいけど、なんでかそうしたくてたまらない。
「あっ、彬子(あきこ)さん……それダメ……出ちゃう、からっ」
 知らないうちに呼び方が苗字から名前に変わっている。二人の関係がぐっと近づいた気がして、妙にくすぐったい。
 私は「出してもかまわない」という意味を込めて彼の先端に口づけ、溢れてくるものをチュッと吸い上げた。
「ん、くっ……あ、もっと、下」
 間々田くんが望んでいることを察して、できるだけ深く咥え込む。たぶん無意識なんだろうけど、抽送を促すように頭の後ろを撫でられた。
 激しい呼吸音と短い喘ぎ声、あんまり聞きたくない卑猥な水音が混じり合う。
 普段の私たちからは考えられないくらいいやらしいことをしているのに何故か嬉しくて、私は夢中で彼のものを刺激し続けた。
 しっかりと起ち上がっていたそれが、さらにギュッと硬さを増す。間々田くんの手が私の肩に移動してきて、痛いくらい強く掴まれた。
「ごめ……彬子さん、で、る……っ!」
 彼の下半身がビクッと大きく痙攣して、口の中にヒリヒリする熱が広がった。
 こぼさないように唇を窄めて全部吸い上げたけど、そもそも間々田くんのが大きいうえ、量も多くてちょっと苦しい。
 咥えたものが少し柔らかくなったのを確認して顔を上げると、目の前にボックスティッシュが突き出された。
「うっ、すいませんっ。こ、これに出して」
 興奮が醒めて我に返ったのか、蒼い顔をした間々田くんが物凄い速さでティッシュを引き抜いてる。
 ああ、勿体ない。そんなにいらないのに。
 内心で苦笑いして、彼の手の中のティッシュを五枚くらい掴み取った。
 見られないように口元を隠して吐き出し、まわりを拭う。すかさず差し出されたくず入れに丸めたティッシュを捨て、溜息をついたところで、なんとも言えない独特のいやーな臭いが鼻に抜けた。
 思わず顔をしかめる。
 口でするのは初めてじゃないから、こうなることは知っていた。アレの味も臭いも嫌いなはずなのに、どうしてここまでしたのか自分でもよくわからない。
 確かに感じている時の間々田くんは可愛いけど、今までは彼氏相手でも嫌だったのになあ。
 私が首をひねっているうちに、間々田くんははだけた服を直してペットボトルの水を持ってきてくれた。
「あの、良かったらどうぞ」
「ありがと」
 口の中が気持ち悪かったから、これはありがたい。お礼を言って受け取り、口をゆすぐようにして飲み干した。
 ペットボトルから唇を離して、ぷはっと息を吐く。お酒のせいか気づかないうちに喉が渇いていたようで、凄くおいしく感じた。
 もう一度感謝したくなって間々田くんを見上げると、仕事中でも見たことがないくらい真剣なまなざしを返された。
 えーっと、なんだろう……怒ってるのとも違うみたいだけど、なんか目がギラギラしてて……。
「間々田く」
「彬子さんっ!」
 唐突に私の名前を叫んだ間々田くんは、タックルするみたいな勢いで私をかかえ上げ、ベッドに押し倒す。
 驚いて取り落とした空のペットボトルが床板にぶつかり、ポコンと情けない音を立てて転がっていった。
 呆然として間々田くんを見上げる。
 私を休ませるつもりでベッドへ運んだにしてはやり方が乱暴だし、わざわざ馬乗りになって組み敷く必要もない。ということは、つまり……。
 導き出された答えに、ぶるっと震える。
「ちょ、ちょっと待って、あの」
「待てませんっ。好きな人にあんなことをされて、ここで止まれるわけないでしょう!?」
「へぁっ?」
 びっくりしすぎておかしな声が出てしまった。
 好きな人……って。え?
 これ以上ないくらい大きく目を見開く。信じられない展開に頭が真っ白になった。
 「うそ」と「まさか」がぐるぐるまわる。動じない間々田くんとは逆に、突発的なことに弱い私はすっかりパニックを起こしていた。

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