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 猫かぶり御曹司とニセモノ令嬢  ハッピー・ハッピー

後編

 いくらスマートでも、啓也は成人男性だ。まともに体重をかけられたら身動きできないくらい重い。
 ベッドと彼の身体に挟まれた私は、呼吸を確保するため必死でもがいた。
「重いってば、啓也っ」
 除けられないとわかっていても胸を押し返す。私の抵抗に気づいたらしい啓也が、少しだけ身体を浮かせた。
 上からかかる力が弱まったことにホッとする。きっと驚かせた私への仕返しで、わざと乗っかったんだろう。ほんと子供っぽい。
「もう。止めてよねー」
 私は苦笑いしながら、彼の顔を覗き込んだ。
 てっきりいつものニヤニヤ笑いをしていると思っていたのに、啓也はまぶしそうに目を細めて、ただ私を見下ろしていた。
 今まで見たことのない反応。驚いて見つめると、彼の胸にあてたままだった手を取られ、頭の上で押さえつけられた。
 ギクッと身体が強張る。
 両手を動かせない私と、馬乗りになって手首を押さえる真顔の彼。いつもと違う雰囲気に鳥肌が立った。
「啓也、どうし……」
 言い終わらないうちに、空いている手でパジャマのボタンを外された。一番上は外しにくかったのか、ほとんど引きちぎるみたいにして開かれる。
 普段の彼からは想像できないほど荒っぽい振舞いに息を呑んだ。
 中に着ていたインナーもたくし上げられて、膨らみがあらわになった。文句を言う間もなく、いきなりべろんと舐められた。
「ひゃっ」
 予想していなかった感覚に、全身がぶるぶる震えた。
 啓也は表情を消したまま、先端に吸い付いて舌でなぶり始めた。撫でて、転がして、強く吸って、時々歯があてられる。これまでも甘噛みされることはあったけれど、今日は痛みを感じるほど強かった。
「はぁ……やっ、いた……ぃ、あぁ」
 強く噛んだ後、労わるように優しく撫でられる。痛みと気持ちよさが混じり合って、倒錯した興奮を呼んだ。
 こんなの嫌だとか、ダメだとか思えば思うほど、身体が熱くなっていく。
 無意識に内股を擦り合わせると、閉じた足の間を、啓也の膝で割り開かれた。
 胸への激しい愛撫を続けながら、彼は滾(たぎ)った自身を私の秘所へ押し当てる。互いの下着とパジャマ越しでも、その熱が伝わってきた。
 えっちなことに慣らされてしまった身体には、布越しの触れ合いはもどかしい。直にしてほしいと思ったけれど、言うには恥ずかしすぎて、啓也の名前を呼ぶことしかできなかった。
 まるで心の声が通じたみたいに、彼の手がパジャマのウエストを掴んで引き下ろす。必然的に私を戒めている方の手に体重がかかって、少し痛かった。
「あ、啓也、手痛い。離して」
 上目遣いで見つめると、私の手首からゆっくり力が抜かれた。
 一旦離れた啓也は私のパジャマを剥ぎ取り、慌しく自分の服を脱いでベッドの下に落とした。
 何も纏わない姿で重なり合う。いつものことなのに、直接触れる肌が心地よくて嬉しくなった。
「汐里……」
 相変わらず表情の乏しい啓也が、かすれ声で私の名を呼ぶ。彼の基本とも言える自信たっぷりな態度が、今は全く見られかった。
 おかしいと思いつつ、啓也の首に腕をまわす。頭を抱えるようにギュッと抱き締めた。
「啓也」
 示し合わせたように見つめ合い、口付ける。良いのか悪いのかわからないけれど、口の中でも感じてしまうらしい私は、それだけで気持ちいい。
 舌を絡ませて繋がりながら、さっきと同じように秘所を触れ合わせた。服を着ていた時とは比べ物にならない強い感覚に、思わず仰け反った。
「ん、んっ」
 口を塞がれているせいで、鼻から声が抜ける。
 啓也のものが私の敏感な場所を滑る感覚と、僅かに聞こえる水音で、濡れているとわかった。
 ゆるゆると擦り合わせているうちに、彼の先端が窪みに引っかかった。意図していなかった刺激に、小さく身体が跳ねる。
 啓也にとっても予想外だったらしく、キスを続けながら低く喉を鳴らした。
 そのまま、触れた部分がグッと中に押し込まれる。
 いつもは前戯で私だけ先にイかされてしまうから、こんなに早く繋がることはない。嫌というわけじゃないけれど、ビックリして思わず唇を離した。
「ふ、ぁ、啓也」
「このまま、させて」
 強引に身体が開かれていく。
 ある程度、濡れてはいても、いつもより少ないせいで抵抗を強く感じた。痛くはないけど、内側が圧迫されて苦しい。
「あ、あぁ、啓也、啓也ぁ……」
 彼の首にしがみついて喘いだ。
 摩擦で起きたヒリヒリさえも気持ちいい。一番奥にぶつかった衝撃で、私は軽く達してしまった。
「ん、ああぁっ」
 啓也が、私の顔を覗き込む。鼻にかかった嬌声と痙攣から状態を察したらしい。感じてる顔を見られたくなくて背けたけれど、両手で頬を包まれ戻された。
「汐里、イッたの?」
「あ、やぁ」
 わざわざ確認しないでほしい。ギュッと目をつぶって頭を振る。恥ずかしくて恥ずかしくて、目尻に涙が浮いた。
 音を立てて、啓也の唇が瞼に吸いつく。
「可愛い、汐里。好きだ」
 熱に浮かされているみたいな彼のささやきが、じわじわと心に染みた。
「ん……私、も、好き……」
 絶頂の余韻で荒い呼吸の中、途切れ途切れに想いを返す。濡れた瞳を向けると、また噛みつくようにキスされた。
 イッたばかりの私への気遣いか、彼は動かないでくれているけれど、繋がったままではキスだけでも結構つらい。口の中を撫でられるたびにお腹の奥が勝手にキュッと締まった。
 中に埋められた彼の一部が、さらに大きさを増す。むずむずするような感覚に背中を震わせた。
「ふっ、うう……んんっ」
 さっきから心臓のドキドキはひどくなる一方だし、息も上がったままだ。
 いつもみたいに激しくされるのも、感じすぎて苦しいけれど、どれだけ続くのかわからないゆったりした責め方も堪らない。気持ちよさと、もどかしさの境界を行ったり来たりする感覚に、頭がおかしくなりそうだった。
 おもむろに啓也の手が胸の膨らみに伸びた。親指と人差し指で先端を摘まれ、残りの指と手のひらで押し上げるようにゆすられる。
 口を塞がれ囚われた舌と、捏ねられて甘く痺れる膨らみ。触れているだけなのに、体内で熱く脈打つ楔。全てが気持ちよくて、私は身体をわななかせた。
 息苦しくて、唇を振り払う。必死で呼吸している間も、彼の手指の動きは続いていた。
「はあ、あぁ、いや……ヘンに、なる」
「なってよ。汐里が感じてるところ、もっと見たい」
「や、見ないで」
 間近からの視線に耐えられなくて、両手で顔を隠したけれど、強い力で無理矢理外された。
「ちゃんと見せて。隠すなら手首縛るよ」
 いつもの冗談交じりな言い方じゃなく、淡々と告げられたことにゾクッとした。
 ……ちょっとだけ、怖い。
 S気全開の彼に軽く怯えた私は、恐怖なのか興奮なのか判断できない、おかしな胸の高鳴りを感じた。
 入ったきりだった彼が、僅かに腰をゆらす。ほんの少し動かしただけなのに、内側に溜まった雫が外へこぼれ落ちた。
「急に凄くあふれてきた。汐里、縛られたいの?」
「ち、ちがっ」
 思いきり首を振る。そんなの絶対に嫌だと思うのに、もっとドキドキが激しくなった。
 啓也は素早くベッドサイドヘ目を向け、少しだけ眉尻を下げた。
「ちょうどいい紐がないなぁ。取って来ようか」
「やめて、いらないから!」
 怖ろしい提案にぎょっとする。
 拒否された彼は「そう?」と首をかしげた。
「縛られるの想像して、こんなに濡らしてるのに」
 またゆるく出し入れされる。もうすっかり潤っているそこは、少しこすれるだけでも大きな水音を立てた。
「あぁ、違う、違うの……」
「何が。ここグズグズにしておいて、説得力ないよ」
 段々と抽送が激しくなっていく。
 いじわるされているせいだとは思いたくないけど、あっという間に追いつめられ、最後を悟った。
「あ、いやぁ。啓也、もうダメになる……っ」
 勝手に身体が強張り、閉じた目の前で光が踊る。叩きつけるみたいな抜き挿しで、繋がる場所がビリビリしていた。
 逃しきれない快感に震え、彼の胸にすがりつく。汗の浮いた身体と耳元に感じる熱い吐息に、心も痺れた。
「ああ。汐里、やらしくて、可愛い。感じて、もっと」
「ひぁっ、む、無理……や、イッちゃう、あぁ!」
 中の一番いいところを立て続けにこすられる。お腹の奥で膨張しきっていた熱が、一気に弾けた。
「あ、あっ、ああぁーっ!」
 首を反らしたせいで声が裏返る。快感の頂のさらに上、真っ白な世界に放り出された私は、脱力してベッドに沈んだ。
 必死で足りない酸素を吸い込んでいると、まだ埋められたままだった彼の一部がもぞもぞ動いた。
「ん、ひろ、や……?」
 そっと瞼を開ける。涙でぼやけた視界の中、彼は薄く笑った。
「ごめん。もうちょっと付き合って。俺まだだから」
 熱い体とは裏腹に頭がスーッと冷たくなった。イッてすぐに続けるのが苦痛以外のなにものでもないことは、経験で知ってしまっていた。
「やっ。まだ無理。やめて。や……あ、あぁ!」
 私の懇願を無視して啓也が動き始める。お互いの交じり合う音と、ベッドの軋む音の中、私は切れ切れに声を上げ涙をこぼした。

 本当、ひどい目に遭った。
 カーテンの向こうから差し込む朝日に、顔をしかめる。
 良すぎて泣いた目は瞼が腫れて熱っぽいし、鼻も痛い。声は枯れてガラガラ。見下ろした身体は吸い付かれた痕で、まだら模様になってる。
 さらに腰から下がだるくて動かせないわ、足の付け根から奥まで全部じんじんするわ、中から想像したくないものが垂れてくるわと、大変なことになっていた。
 ほとんど徹夜したのに、スッキリした顔をしている隣の男を睨んだ。
 夕べの行為をこれっぽちも悪いと思っていないらしい彼は、ニッコリ笑っている。文句を言ってやりたかったけれど、喉が痛くてそれどころじゃなかった。
 横から伸びた腕に、ちょっとだけ身体を引く。
 さすがに拒否されていると気づいたのか、啓也の眉がハの字になった。
「汐里、怒ってる?」
「……ちょ、と、だけ」
 自分のものとは思えない声に、げんなりする。わざとらしくそっぽを向くと、後ろから抱き締められた。
「ごめんね。汐里のプレゼント嬉しすぎて、理性が飛んだ」
 ふうっと溜息をつく。
 啓也の様子がいつもと違うことも、物凄く喜んでくれていたことも気づいていた。一晩で百回くらい「好き」と「愛してる」を言われた気がするし……ただ理性を失くした彼が、ドS丸出しだとは思わなかったけれど。
 もう一度、息を吐く。前にまわされた啓也の手にそっと触れて、後ろを向いた。
 不安げな表情。一応、本気で謝っているらしい。
「許してくれる?」
 子供みたいな問いかけに、思わず吹き出してしまう。苦笑いしながらうなずいた。
「でも。いつも、は、ダメ」
 今回は許してあげるけど、気をつけるように釘を刺しておく。毎度こんなに激しくされていたら、早死にしそうだ。
 パッと顔を輝かせた彼は、私を抱く力を強くした。
「ありがとう、汐里。愛してる」
「ん」
 私も、という意味を込めて顔を寄せる。そのまま触れるだけのキスをした。
 自然に見つめ合い、笑い合う。
 かなりSっぽくて暴走することもあるし、ちょっとえっちすぎる気もするけれど、やっぱり啓也が好き。
 恥ずかしくて言えない想いを伝えるために、もう一度、口付けた。
 ふと腰のあたりに感じる不穏な熱。急に主張し始めた存在に、嫌な汗が流れた。
 まさか……
 怖々見上げれば、啓也がふにゃっとごまかし笑いをした。
「ごめん。もっかい」
 目を剥いて、ブンブンと首を振る。
「無理。死ん、じゃうっ」
 腰から下が動かせない私は必死で抵抗したものの、あっさりとベッドにひっくり返された。
「大丈夫、大丈夫。昨日みたいにしつこくしないから」
 そういう問題じゃなぁーいっ!!
 啓也の甘い囁きに、心の中で叫んだ。

 その後、彼の出勤の直前まで苛まれたせいで、一日のほとんどを寝て過ごすはめになった。当然、誕生会の計画はおじゃん。
 ベッドの住人となった私は、ギシギシ軋む身体を持てあまし、項垂れる。プロポーズの返事をしたことを少し後悔しながら、早速、新婚生活への不安を覚えていた。

                                             END

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