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 インフィニティ ・ エリア

 3
 一風変わったメンバーに引き合わされ、共同卒業制作という前例の無い計画に参加することになった翌日、一花は当座の開発場所となったミーティング室へと来ていた。
 今、集まっているのは一花と平野。そして西村。
 全員が来てから具体的な企画の説明をする事になっているが、他の2人はまだ授業中らしい。
 すでにある程度の形が頭の中にできあがっているらしき西村は、黙々とパソコンに向かっている。
 他のメンバーが来るまでぼーっとしているのも勿体無いので、一花と平野はお互いの作品を確認する事にした。
 余り期待せずに平野から渡された過去作品のデータを開ける、と、一花はかなり驚いた。
 本人の見た目が奇抜なので、作品も違う意味で凄いのだろうと思っていたのだが、目の前に出てきた画像はどちらかというと可愛い。
 ベースはクールなのに、どこか愛らしいキャラや風景。男性にも女性にも受け入れられそうな、それでいてやはり個性的な作品に一花は釘付けになった。
「平野くんて……実は凄いんだね」
「えー、嬉しいぃ」
 驚きの眼差しを向けると、平野は照れているのか気の抜けた笑顔でしなをつくった。
 尊敬した気持ちが一気に冷める。
(こういうのが無ければもっといいのに)
 真っ赤な長髪でくねくねされると、どこのオカマバーかと疑いたくなる。実際、夜中にそっち系でバイトをしていると言われても、素直に認めてしまうだろう。
 一花は脱力しつつも自作品を渡し、平野の様子を見た。
 自分でも割と良くできたと思っている作品を持ってきたが、やはり他人に見て評価されるというのは慣れない。
 デザイン系の仕事を希望した以上、誰かには必ず作品を評価して貰わなければならないと判っていても、なんとなく自信が無かった。
 覗き込むように見つめると、気付いた平野がにこっと笑う。
「どう……かな」
「イッチーのデザインもいいね。特にこれがいいなぁ、俺こういうの結構好きー」
 平野の指差した先には、白を基調にしたシンプルな作品があった。
「あ、ありがと。デザインはやっぱりシンプルな方がいいのかな?」
「んー、内容にもよるよねぇ。とりあえずダイちゃんに聞いてからかなぁー」
 お互いの作品の確認は終わったので、一心不乱にパソコンと向き合っていた西村を振り返ると、ちょうど良くミーティング室のドアが開いて小野里と池田が入ってきた。
 相変わらず全てにおいてだるそうな小野里と、小動物のように周りを警戒している池田。
 時間をおいて改めて見ても、やはり変わった人たちだと思った。

 メンバーが集まったので、西村は全員を中央のテーブルに呼び、全体的な説明を始めた。
 5人しかいない為あえて企画書を作成せず、各自書き留める事にする。
 西村はいつものように、わざとらしく咳払いをしてから徐に口を開いた。
「まず基本は、学生専用だと言う事だ。学生以外には書き込みはもちろん、閲覧もできないようにしたい。その方が最終的に管理もしやすいと思うんだ」
「つまりパスワード制で入室を制限するという事ですか?」
 おどおどしながら池田が質問すると、西村は少し難しい顔をした。
「できれば、もう少し踏み込んだ制限をかけたい。学生番号を基本に、個々のパスワードを発行して、確実に部外者をシャットアウトできた方が良いと思ってる。匿名性を排除したいんだ」
「そんな事ができるの?」
 同じIT系とはいえデザイン寄りの勉強をしてきた一花には、そんな事が可能なのかどうかすら判らない。
 小刻みに爪の先をいじりながら視線を泳がせている池田を振り返ると、彼はビクッと身体を震わせてから、かすかな声で
「不可能ではないですが……」
 と呟いた。
「まぁ……とりあえず、できるけど面倒くせえって事は判った」
 頭の後ろで腕を組んで天井を見ている小野里が言うと、横にいた平野がにっこり笑って一花の手を取った。
「俺たち、そういうのさっぱり判んないねっ。イッチー」
「……はは」
 いきなり手を握るな、と突っ込みたいのをこらえ、笑ってごまかす。
 やんわりと手を外して西村を見ると、皆の前で指を4本ビシッと立てた。
「とりあえず掲示板は大まかに4つにしようと思う。学内情報用と学外情報用。その他募集用、それから雑談用」
 メモ帳に手早く書きながら一花は顔を上げる。
「募集用って何?」
「つまり、課題達成の為の同士を募ったり。あるいは同じ志を持つ者を探したりする場だ」
(同士に……こころざし……?)
 意味が判らずに眉を寄せると、隣に座っていた平野が鼻歌をうたいながら自分の手帳に書き込んでいた。
「ふんふーん。つーまりー、おっ友達をー、だぁーいぼしゅうぅ……っとね」
 平野の変な歌から単なる友達募集用だと知り、一花は肩を落とした。自分の理解力が低いのか何なのか、他のメンバーと会話が成り立っていない気がする。
 溜息をつきながらなにげなく池田の方を見ると、およそ学生には似合いそうも無い真っ黒な皮の手帳に、これまた小さい字をびっしりと書き加えていた。
 池田はトレードマークとも言える眼鏡をぐいっと上げ、上目遣いで西村を見た。
「友達募集用などというものは、出会い系の代わりになるのではありませんか? 管理上不都合が生じる可能性があると思います」
「そう! その為に匿名性を完全排除するつもりなんだ!」
 よくぞ言ってくれたと言わんばかりに目を輝かせながら、西村はぐっと右こぶしの親指を立てた。
 突然大きな声を出された池田は驚いて飛び上がり、呆れる一花の隣では平野が我関せずで自作の歌をうたっている。少し離れた席の小野里は何を考えているのか、メモも取らずにポケットからミント味のチューイングキャンディを出してぽいっと口に入れた。
 ぼーっと小野里を見ていると、気付いた彼はもう一つキャンディを出しこちらに示したので、一花は首を振って『不要』の意思表示をした。
 一花に断られた小野里はキャンディを戻し、また椅子の上でだらりと伸びる。
「……いいんじゃねーの。素性がバレてりゃ荒らす奴も少ねぇだろ」
「うむ! 登録制にすれば問題を起こした者が閲覧できなくする事も可能だしな!」
 満足そうに、何度も頷く西村。
 苦虫を噛み潰したような顔の池田を見ながら、一花は意外に大掛かりな事になりそうだと思った。

 西村からの説明が終わった後、必然的にそれぞれの役割に分かれて細かい打ち合わせをした。
 プログラムなどの内側を担当する池田、小野里。そしてデザインなど外側を担当する一花と平野。西村はプログラム担当だが発案者でもありリーダーでもあるので、それぞれの担当との繋ぎとして、両方掛け持ちしながら話を進めた。
 見るからに大雑把に見える西村が細かくきちんと計画を立てていく様を、一花は意外な面持ちで見つめた。平野の言うとおり、西村は細かい気配りができる人間だったらしい。
 おかげで何とか全体の素案が決定した。
 結局、トップ画面には西村が思い描いていた通り4つの掲示板への入り口、そして学生番号とパスワードを入力するログイン部分。あとは制作サイドへのメッセージ機能を付けることにした。
 計画を立案する前から西村がこつこつ作っていた掲示板プログラムの基礎の部分はシンプルな水色らしいので、変更はせずに全てを白または水色〜青で統一し、平野には女子が好みそうな可愛いイメージキャラを描いてもらう。
 男子でも女子でも抵抗感の無い、使いやすく飽きないデザインを目指して、一花は気を引き締めた。
 西村からの説明を元に色々な事を話し合う内、いつの間にか意欲的になっていた自分に驚く。ついさっきまではメンバーと合わない事が気になっていたのに、計画に夢中になっていくに従ってどうでもよくなっていた。
 平野に何種類かの下絵を頼んでおき、自分も何通りかのデザインを考えてくる事にして打ち合わせは終了した。

 打ち合わせから数日。一花は開発室こと、いつものミーティング室に入り浸っていた。
 今日は他のメンバーがいないのか、小野里と2人きりだ。
 小野里の叩くキーボードの音と、一花がデザイン画へ書き込む鉛筆の音、そしてわずかなパソコンの駆動音だけが響いている。
 これが平野であったなら、作業しながらも絶え間なく何かを話すか歌うかしているのだが、小野里は余り口数の多い方では無いらしい。
 ここ何日かで考えたデザイン案の訂正部分をチェックしながら、ふと小野里を見る。
 何をしているのか判らないが、資料を見ながらデータを打ち込んでいく小野里は普段のだらだらした姿勢ではなく、実に真面目に素早く指先を動かしていた。
(……凄いギャップだよね)
 小野里に限らず、この計画のメンバーは意外性の多い人物ばかりだ。意外に『デキる』人間だという方が正しいかもしれない。
 自分以外のメンバーのそれぞれの見た目とイメージを思い浮かべて、一花はちょっとだけ笑ってしまった。
 そんな一花に気付いたのか、小野里が顔を上げた。
「何?」
 ぶっきらぼうに聞かれて返答に困る。
「……あ、えと、小野里くんって何気にデキる人なんだなぁって思って」
 咄嗟にごまかすことができずに素直に言うと、小野里は眉を寄せて首を傾げた。
「なんだそりゃ。どういう意味?」
「そ、そのぉ。あんまりヤル気無さそうだったから、真面目に頑張ってるところ初めて見たっていうか」
 一花の答えに小野里がぷっと笑う。
「それ褒めてんのか、貶してんのか、わかんねーし」
「ご、ごめん。褒めてる……と思う」
「そりゃ、どーも」
 パソコンの画面を注視したまま、まんざらでも無さそうな顔をしている小野里をこっそりと見る。
(笑う……事もあるんだなぁ)
 人間だから当たり前なのだが、これまでぶっきらぼうでだるそうな姿しか見ていなかったので、ちょっと驚いた。
 ほんの少しだけ距離が近づいた気がした一花は、先日の疑問を尋ねてみる事にした。
「ねぇ、最初に小野里くんが私を誘いに来たのは、西村くんに頼まれたの?」
「あ? ああ、説明会の前の事か。あれは、西村にはめられたというか……」
「え……」
 ただ頼まれたのでは無さそうな口ぶりに内心首を捻る。
 小野里は横目で一花を見てから、諦めたように溜息をついた。
「最初にあいつから卒業制作を共同でやろうって言われて、暇だから受けたんだ。そしたら、その後webデザの作品を4つか……5つ持ってきて、良い奴を選べって言うんだよな。意味わかんねーけど一番良さげなの選んだら、それ作った奴を誘って来いって言われたわけ」
「それが、私の?」
「ああ」
 驚いた。
 てっきり自分を選んだのは西村だと思っていたのに、小野里が選んだなんて。
 一花は膝の上に置いた両手をぎゅうっと握った。
(どうしよう……凄く嬉しい)
 嬉しすぎて顔が火照る。
 就職を希望した企業から何度も断られ、平気なふりをしながらも自信を無くしていた一花には、この上なく嬉しい言葉だった。
「あの……私、精一杯頑張るから」
「ん」
 俯いたまま小さく呟くと、小野里も軽く返してくれた。
 選んでくれた小野里と、認めてくれる仲間の為に頑張りたい。
 一花の中には新たな情熱が生まれていた。

   

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