第43章 年始
テレビでは次々と歌手が歌う1フレーズが流れている。紅白歌合戦の結果集計中のダイジェストだ。
「ここで蕎麦作ったりしてたんだっけ」
あみは見覚えのない場面は何をしていたかを思い出しながらテレビの前に座っていた。
「ジャニーズの人がいないとか韓国グループが多いとか色々言ってた割には、いつも通りに観てた気がするなぁ」
実際、毎年何かしら用事をしながらBGM的にテレビから流れて、興味のある所は手を止めて観るようなスタンスだったので、何の説得力もない感想なのだが。
「ゆく年くる年」の除夜の鐘の音の中継で年明けの鐘が鳴って暫くすると、あみのところにLINEが入る。れみやとみからの「あけおめ、ことよろ」メッセージだ。チームメンバー以外にフィーアさんからもメッセージが届いていた。
とみは実家で年越しをするようだが、初詣に出てそのまま帰ってくる予定らしい。県内なので昼過ぎには戻るとのことだった。
あみは新年の様子の中継をBGMに返信し、一旦布団に入った。
「さてと」
あみは目が覚めると手鍋に水を入れ、だしの素と大根、人参を入れて火にかける。
「水菜と白みそが無いけど、まぁ、いつもの麹味噌でいいか」
オーブントースターにアルミホイルを敷き、丸餅を載せたら、冷蔵庫からおせちを取り出す。最近は伊達巻、黒豆、田作り、昆布巻き、栗きんとん、なますが少しずつパックになったセットが売ってるから、これと蒲鉾があればおせちはOKだ。
煮えた鍋に味噌をとき入れ、焼いた餅を入れて少し煮たら雑煮も出来上がり。
あみは朝食を終えるとさっそく新春ライブのためにプリマジへ向かった。辰年にちなんで和装にトナカイの角のヘアアクセを考えていたのだが、年末に前撮りする余裕がなく、朝イチでやってみようとしたのだった。
「あ、そういえば、プリチャン復刻やってたっけ」
あみは迎春ソロライブでスイートハニーキラッとコーデを手に入れた。
「シューズだけ出なかったけど…よくよく考えたらシューズは前に出てたっけ」
れみ達に合流するまでには少々時間がある。あみはふらりと近くのセブンイレブンに入った。そして、ふと見るとカップ麺の棚のところにクレアさんがいた。
「あっ、あけましておめでとうございます!」
「おめでとうございます。カップ麺ですか?」
「ちょっと小腹がすいたので年越し蕎麦ならぬ年明け蕎麦」
そう言いながら、クレアさんの手には「蒙古タンメン」が。
「蕎麦というのは…」
「ちょっと拡大解釈ですね。でも、おいしいんですよ」
「そう言えば、それ、よく見かけるけど食べた事ないかな。つい安さにつられてショップブランドのやつ買っちゃうし。わたしも試そうかな」
ちょっと早めの昼食になるが、まぁいいだろう。
「じゃ、お湯入れて階上のイートインに行きましょうか」
「う…おいしいけど、辛い!」
どちらかというと甘党のあみにはかなり辛く感じられた。
「寒い時にはいいですよね。それに時々、期間限定でもっと辛いのも出るんですよ。これ、ここに書いてある専門店のプロデュースだから本格的なんですよ」
クレアさんは平気そうだ。おそらく、その期間限定でも大丈夫なのだろう。
「せっかくだから、年明けデュオやりますか」
「そうですね。ちょうどみらいちゃんコーデ手に入ったし」
「じゃ、私はまつりちゃんコーデのあうるちゃんカラーにしましょうか」
こうして、デュオをしたりしているうちに、集合時間になった。楽屋にれみが入ってくる。
「あけおめー!」
あみがれみに蒙古タンメンの話をしていると、楽屋の戸が開いた。
次に入ってきたのはとみ…ではなく、いなりさんとFOXさんだった。
「あっ、あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「ラーメンの話ですか?」
「今日はインスタントの話だったんですけどね」
いなりさんとは時々ラーメン屋さんの話をする。
「インスタントなら、イトメンのチャンポンめんとか食べますね」
「あのトンボが自虐ネタのパッケージのやつですか?」
「知ってます?」
「あっさり目でおいしいですよね。前にコープさんで見かけて買ったけど、具の海老と椎茸があまりにも小っちゃいからカニ蒲鉾とゆで玉子をトッピングしちゃった」
「ハナマルキのしじみ汁を入れてみそラーメン風にしたりしてもいけるんですよ」
「そうなんですか。でも、あれのしじみも小っちゃいから、海老とかと最後、丼の底から宝探しみたいに出してくることになるような気がするけど…」
あみは、なぜか地元で「さん」付けされる生協のスーパーマーケットで県内に本社があるメーカーの袋麺を買うという根っからの神戸っ子なのだった。
「あ、関西ローカル袋麺といえば、先日おき太くんのワンタンメンを食べましたよ」
れみも話に乗っかる。
「あ、サムゲタン味のエースコックのワンタンメンだっけ。見たことある!」
おき太くんは関西ローカルの朝の情報番組「おはよう朝日です」のマスコットのウサギの着ぐるみなので、おそらく、関西在住で朝6チャンネルを付けている家庭では結構消費されたのではないだろうか。
袋麺談義が一段落したところでとみが到着した。
「せっかくだから、5人で新春ライブやりませんか?」
「コーデはどうします?」
「去年の紅白のトップは新しい学校のリーダーズだったし、ハッピーセーラーで制服ライブとか」
「いなりはプリズムストーン配布のを持ってるけど、私は耳つけてライブすると言ってたからアクセ持って来てない」
FOXさんが頭に付けた耳アクセを指さしながら言うが、
「逆にアクセントになって面白いよ!」
とみの一言で方針が決まることになったのだった。
新春プリマジを終えた3人はあみの部屋に帰ってきた。
「おじゃまします」
とみが鞄を開けながら、
「お土産あるよ」
取り出したのは狸の焼き印のあるどら焼きのようなお菓子だった。
「暮れに両親が信楽にバス旅行に行ったお土産をもらってきたんだ」
「ありがとう。お茶淹れるね」
あみが耐熱ポットに水を入れて電子レンジで温め、そのまま緑茶ティーパックを入れる。
「それから…」
とみが鞄からもう一つ箱を出した。
「従兄に最近友達とガンプラ作ってるって話したら、昔作ったのがあるからって持って来てくれたんだ」
箱の中には100分の1のシャア専用ザクが入っていた。
「大きいですね」
普段作っているのは144分の1スケールなので、確かに一回り大きい。
あみが突然思い出したように棚に向かい、一体のガンプラを出してきた。
「このダリルバルデ、ドローンと遠隔腕があるんだ」
「急にどうしたんですか?」
「とみは忍者、れみは全身武器のガンプラ作ってるよね」
「あ、なるほど」
れみは気づいたようだ。
「全身凶器のジャンクマン、ザ・ニンジャ、六本腕のアシュラマン、巨大なサンシャイン」
「そう。キン肉マンの悪魔騎士登場シーンみたいになりそうじゃない?」
そんな話をしている間にお茶が出来た。
「あ、サッカー、もうすぐ日本勝ちそうだよ」
とみが点け放しのテレビを見ながら言う。サッカーの日本代表がリードしたまま後半戦が終わりかけている。
「お茶しながら観戦しましょう」
三人のお茶と試合はほぼ同時に終わり、監督のインタビューの途中で、
「え?何、何?」
テレビから緊急地震速報が流れる。
「石川県みたいね。津波は無さそうだって…って、また?」
二回目の緊急地震速報だ。
「えっ、揺れてる?」
「揺れてますね」
「薬缶に火じゃなくてレンチンでお湯沸かしてて良かったね」
「石川の余震だろうね。とりあえずここはガンプラも倒れない揺れで済んだみたいね」
そう言っていると、テレビから
「津波が来ます!とにかく避難!」
女性アナウンサーが普段のニュースとは違う口調で叫ぶ。
「二回目の方が大きくて津波も?これ、やばくない?」
「暫くこのままニュースを見ましょう」
とりあえず、神戸では被害が出ていないようなので、この日は解散した。
翌日もあみ達はそれぞれニュースを見ながら家で過ごした。
「ちょっと…昨日は地震で今日は飛行機事故?どうなってるの?」
そして、三が日最終日。あみはまだテレビを見ていた。能登の地震の関係で、大規模な火災があった現場の中継を見てはっとした。
「わたし…ここ知ってる?」
あみは小学生の頃、両親や今は亡き祖父と一緒に家族旅行で能登に行ったことがある。ホテルで御陣乗太鼓の実演で太鼓を叩く鬼が怖かったのに、太鼓を叩く鬼のキーホルダーをお土産に選んだりしたことを思い出した。2日目の朝、朝市を見に訪れたのが今回の火災の場所だった。
「ああ、おじいちゃんとの旅行、楽しかったな…」
気が付くと、あみは泣いていた。
そして、ほぼ無意識に家を出た。地下鉄で長田駅まで行く。この町も29年前の阪神淡路大震災で大規模火災があった。今は復興して、あみが毎年初詣している長田神社の境内にも初詣客の姿が見受けられる。
あみは初詣を終えると、とりあえずプリマジへ向かった。こんな時こそ元気を届けたい!
とはいえ、派手なコーデを着る気にもなれず、私服のままライブを一曲してこの日は終了することにしたのだった。
今回のフォト
今回のゲストさん
フィーアさん
今回のソロ・デュオ・チームユニット
あみ
あみ&クレアさん
れみ/FOXさん&あみ/いなりさん&とみ
あみ
参考:今回のガンプラ
前へ・表紙へ・次へ