序 章 ある朝のこと
「あら?」
あみは袋の中を指で探り、小さな欠片をつまんだ。
「この割れたので終わりかぁ…」
あみはスマホで動画配信を見ながらカナック菓子を食べていた。近所のセブンイレブンで店長がポップまで付けて推していた「大きなキャラメルコーン・チョコ味」だ。
キャラメルなのかチョコなのかいまいち判断がつかないが甘くておいしいのは確かだった。
たまたまスマホで動画サイトを見たとき、たまたま聴いた曲が気になって検索しようとして、ついつい無関係なオリジナル配信ドラマを長々と見てしまっていたのだ。最初主役が誰かわからない「推しの子」、寿命の長いエルフの冒険の後日談「葬送のフリーレン」、現在のコンプライアンスをネタにしたコメディー「不適切にもほどがある」、薬や毒の知識で事件の謎解きをする「薬屋のひとりごと」等々、最近ヒットした話のウケたエッセンスを盛り込めばヒットすると狙って爆死したようなドラマだった。
「うう、わたしの睡眠時間を返して…」
お菓子も食べ終えて、そんなことを考えていると、生配信が飛び込んできた。
「ミーちゃんねる?」
かわいいアバターの女の子がMCをしている。
「そういえば、昔プリ☆チャン配信とかしたなぁ…」
そんなことを思い出しながら見ていたのだが、彼女はアイドルプリンセス、略してアイプリで、アイプリバースというメタバース世界でアイドルをしているとのことだ。
「そういえば、ガンプラでもメタバースでガンプラを戦わせたりしてるものね」
あみは元プリマジスタだ。魔法のステージに立つスタジオでライブしたりしていたが、スタジオが閉鎖されてこの街に引っ越してきた。その際、プリマジスタ時代に趣味で作ったガンプラを幾つか部屋に並べている。部屋にはドアが大きな姿見になったクローゼットがあり、その横に飾り棚を置いて、そこにガンダムやザクが飾ってあるのだ。
あみは「ミーちゃんねる」を見終わると、徹夜明けの眠気覚ましを兼ねて散歩に出た。フラフラ歩いていると、ポスターが目に入った。「ミーちゃんねる」で見たアイプリバース世界をバックに歌手の写真が載っている。
「P丸様。『ぜんりょくじょしかくめい』か。昨日聴いた曲これかな?」
そう思いながらグッズ売り場を見ると、可愛いブレスレットが売られている。あみは何故かそれが気になり、つい買ってしまった。
帰宅後、あまりの眠さにベッドに腰を下ろした。すると、さっき買ったブレスレットから光がクローゼットの姿見に伸びている。
「えっ?」
あみが姿見を覗くと、扉のようなものが見える。あみは慌ててブレスの取扱説明書を見る。
「ブレスの光を特定の場所に当てると、アイプリバースにバースインできる秘密の扉が現れます」とある。
「まさか…」
あみが扉に近づくと、とびらが開き、あみは扉の中に落ちていった。
あみは気が付くとスカイダイビングのように落ちていく。
そして、着地すると目の前にマイクのような形の塔などがあるアイプリバースの世界に立っていた。
近くの窓に映る自分を見ると、アイドルのような白い衣装を着て、実際より髪の色も薄く見た目もかわいい姿になっている。これがこの世界のアバター、アイプリとしてのあみの姿だった。
すると、目の前に何かが飛んできた。
「いちごのアイスクリーム?」
「アイスクリームじゃないムゥ。アイムゥだムゥ」
アイムゥはそう言うとあみの前をフラフラと飛んで行った。
「付いて来るんだムゥ!」
あみかがアイムゥに付いて行くと広場に付いた。広場には何人か、あみと同じようなアイプリがいる。
「あれ?」
ミーちゃんねるで見かけたミーちゃんがいる。あみは声をかけてみた。
「ミーちゃんねるの人ですか?」
「配信見てくれた?ありがとう!みつきって呼んでね」
ミーちゃんの名前はみつきちゃんなのか。
「わたしはあみ。よろしくお願いします」
「アイプリバースは初めて?」
「はい」
「ここではショートのデュオライブをしたり、パシャリングで一緒に写真を撮ったりできるよ。一緒にやろう?」
「お願いします!」
あみはみつきと楽しんだ。
「このルーレットで相手とお揃いのコーデが当たるかもしれないよ」
なるほど。コーデメイツが勝手に薦めてくるよりは欲しいコーデが手に入りそうだ。
あみがみつきと別れると、広場にどう見てもアイプリのアバターじゃない人を見かけた。
プリティーリズムであいらさんとチームを組んでいたりずむさんだ。あみはテレビでこの人のプリズムショーを見たことがある。
「もしかして、りずむさん?」
「さすがにこのまま来るとわかっちゃうかな。折角だし一緒に遊んでいく?」
「ぜひぜひ!」
夢のように楽しい時間をを終えてしばらくすると目覚ましが鳴った。
あみが目覚めたのは自分の部屋のいつものベッド。
「ん…さすがに徹夜明けだったしね。なんか、アイプリになって有名人と会う夢見ちゃったよ…」
あみは昼食の準備をしようとしてテーブルの上を見た。
「えっ…夢じゃない?」
そこにはみつきやりずむと撮った写真が置いてあった。
こうして、あみはアイプリとなったのだった。
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