第16章 遠征するパン

 あみとゆみは市営地下鉄湊川公園駅で電車を降りた。
「一旦地上に出てから神鉄に乗り換えだよね」
「うん」

 地下鉄の駅を出ると、商店街の入り口が見えるが、頭上は高架下になっている。
「たしか、この上って公園なんだよね」
「公園の下を道路が走ってるんだね」
 二人は商店街と反対方向に公園の下の歩道を歩く。公園を抜けると大きな交差点だ。
「道の向こうに「人工衛星饅頭」って看板があるよ」
「本当だ。でも、お店、まだ開いていないみたいね」
 まだ朝は早い。二人は道を渡らず右に曲がった。ここに神戸電鉄湊川駅がある。今日はゆみが三田市に用があるのであみが付いて行っている。先日の宝塚行きのお返しのような感じだ。
「あみ、本当に付き合ってもらって良かったの?」
「うん。何か面白い配信出来たら儲けものだし」
「人工衛星饅頭の食レポは無理だったけどね」

 ホームで暫く待っていると、電車が来た。
「ねぇ、あれ見て見て!かわいい!」
 電車の運転席の窓に黄色い服を着た白い犬のようなぬいぐるみが座っている。
「なんだろうね、あのぬいぐるみ」
 ゆみは神戸電鉄のサイトをスマホで調べた。
「あの子、しんちゃんっていうみたいよ」
「そうなんだ。神鉄だからしんちゃんなんだね」
 神戸電鉄は神鉄と略されることが多い。「こうべでんてつ」だけど「しんてつ」となるのだ。

「えっと、どの駅だっけ?フラワータウン?」
「ううん、南ウッディタウン」
「そっちか。いずれにしてもちょっと遠いよね」
 普通なら、長時間の電車旅なら色々おしゃべりもするけど、コロナの影響でみんなマスクをして黙っている。
 二人も会話を終えると、静かに座っていたが、いつの間にか頭を寄せ合って眠ってしまっていた。

「あ、着いた」
「寝ちゃったね…」
 二人は南ウッディタウンで電車を降り、歩き始めた。少し歩くと大きな建造物が目に入る。
「何かな、あれ?」
「行先の方向だし、行ってみようか」
 二人は見えている建造物めがけて歩き、ようやくその前に来た。
「えっと…」
「やたら大きい橋の欄干?」
「あ、案内書きがある。センチュリー大橋って書いてる」
 実際は少し長めの跨線橋なのだが、欄干が高さ数メートルある。そして、両端が一番高いので、橋の形としてはちょっと変わっている。
「せっかくだし、渡ろうか」
 ゆみが提案すると、あみは、
「だね。大きな橋、渡ってみた…けど、行先からそれるので再び渡って戻ってきた!」
「これ、配信する気か…」

 橋から暫く行くと、色々なオブジェのある広場があった。イオンモールの中庭だ。
「ここのイオン、配信できるのかな」
「行ってみようか」

 配信スタジオはあったものの、親子連れが二組ほどいたので、一旦は退散することにした。
「流石に知り合いはいないか…」
 あみが言いかけると、
「子供ちゃんたちの配信もかわいいですぅ」
 まりあがいた。
「あれ?」
「珍しい所で会いましたね」
 リングマリィって、ブロードウェイに遠征中だったような…
「一時帰国ですぅ。この後、すずちゃんとかわいく待ち合わせるんですけどぉ、その前に、早めのランチしに来たんですよ」
「あ、わたし達もお昼にしようかな」
 こうして、三人はフードコートに入った。

 入ってすぐの丸亀製麺に空きテーブルがあった。
「うどんにしようか」
「ゆうきがいたら喜ぶのにな」
「だね」
「そういえば、あみちゃん達は二人だけなんですか?」
「今日はね」
 メンバーの話になるかと思ったところが、
「ここのかしわの天ぷら、おいしいよね」
 あみはやっぱり食欲の権化だった。

 食後、配信スタジオが空いていたので三人は食後の運動にそのままの私服でライブをした。

「じゃ、私はすずちゃんと合流しますね」
「あたしもそろそろ用事をすまさなきゃ」
 まりあとゆみはそれぞれライブ後に去っていった。付き添いでここまで来たものの、あみは暇になってしまった。
「さて、とりあえず駅に向かうか」
 戻るのも面白くないので、ウッディタウン中央駅の方へ向かおうとした。と、あみの目に入ったのは…
「あの桃の看板、バーミヤンだ」
 中華のチェーンだが、神戸の店舗は無くなってしまっていた。
「久しぶりにあそこで中華食べても良かったな…まぁ、天ぷらとうどんも美味しかったからいいけど…」

 あみは帰りの電車の中で、三田での出来事を配信したのをチェックすると、このはさんが入れ違いに三田に来たとの情報が入っていた。
「入れ違いでしたね」
「次の機会にライブしましょう」
 メッセージを交換していると、このはさんがいいねをした動画がタイムラインに表示された。
「このはさんのフォロワーさんかな?」
 面識のないコが二人、お揃いのワンダーレアコーデでライブしている。
「わたしはこっちのワンダーレア、持ってないなぁ…」
 今回のワンダーレアはツインテールズの二人のキラッとコーデの色を入れ替えたものだ。あみはえも色のあんなのコーデを持っているが、二人はあんな色のえものコーデを着ている。
「えっと、この人たちは…大阪なんばで夕方にこのコーデでやるのか…」
 あみは谷上駅で北神急行に乗り換え、そのまま市営地下鉄で三宮に行き、阪神電鉄の奈良方面に乗り換えた。

 そう。あみは衝動的になんばに向かっていた。
 なんばに行けば知り合いとライブできるかも、と思うと、つい向かってしまう。

 なんばに来たものの、この日は知り合いがいなかった。しかし、動画の二人がスタジオにやってきた。
「あ、こんにちは。お二人の動画見ました」
「そうなんですね。ありがとうございます」
 二人はあかり★さん、あつさんと名乗った。
「わたし、対になるワンダーレアならあるんですけど、よかったらご一緒しませんか」
 知り合いがいなければ知り合えばいい。パンが無いなら作ってやるわ、の心意気で二人をライブに誘った。
 二人は快諾してくれて、ワンダーレア合わせのライブをすることになったのだった。

 あみはライブ後ふと、他の人の配信を見ていた。
「神のライブかぁ…こういうのもかっこいいな」
 そのライブをしてるコにも声をかけてみた。
「え、一緒にライブ?いいですよ」
「ありがとうございます。わたしはあみ」
「リインです。よろしく」
 リインさんのコーデはあみの持っていないものだった。
「リインさんが黒いコーデなら、わたしは黄色とかにしようかな」
「たしかに映えそうだし、いいんじゃないですか」
 と、ここまで言ってからふとコーデを見ると、手ごろなコーデがない!あみは黄色いアイテムを組み合わせてミックスコーデにした。
「へぇ、面白い組み合わせですね。ペアライブが楽しみです」
 こういうのを怪我の功名という。

 そんなこんなでライブを楽しんだあみは満足げに帰路につこうとして、ふと思い出した。
「しまった!帰りには人工衛星饅頭にチャレンジしようと思ってたのを忘れてた!」


今回のライブシーン
              
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