第2章 緊急事態宣言 いきなり休園だっチュ

「なんか、今日はすいてるなぁ…」
 あみはプリ☆チャンランドへの道を含め、人通りが少なくなった街を歩いていた。

 ふと、広場のほうを見ると、ポップコーン屋台のワゴン車が停まっているが、客はいない。
「あ、ポップコーンください」
「いらっしゃいませ」
 大きなサイドテールに髪を束ねた店員がポップコーンを入れてくれる。
「今日はお客さん少ないからサービスね」
 ポップコーンは特盛だった。
「わぁ、ありがとうございます!」
 店員さんはにっこり笑って、
「私はここのキャストのアリス・ペペロンチーノ。よろしくね」
「今日はお客さん少ないですね」
「確かに。まぁ、うちも休業要請くるかもだしね」
「休業?」
「今、大変なことになっているしね」
 店先にいた白猫が答える。
「わわ、ぬいぐるみだと思ってた!」
「驚かせてごめん。僕はソルル」
 まぁ、キラッCHUも喋るし、同様なマスコットなのだろう。

 そう。今は新型コロナウイルスによる感染症が流行し、今日にも緊急事態宣言が出るかもという状況なのだ。
 不織布マスクや、なぜかトイレットペーパーが品薄になり、スーパーやドラッグストアに行列ができている。人が少ないのはそのためだ。

「それなら、今のうちに…」
 あみは着てきた服のまま、コーデチェンジもせずに、『これがやりおさめ。しばらく休みます』と題してソロライブをした。
 そして、それは本当にやりおさめライブとなったのだった。

 翌日、あみとれみは寮でお茶しながらニュースを見ていた。
 あみが黒糖かりんとうをかじりながら、
「黒砂糖は体にいいってこの前テレビで言ってたね」
「だからって、食べすぎじゃないですか?さっき開けたお徳用大袋がもう残り3本じゃないですか」
「れみだって結構食べてたじゃん」
 あみとれみが黒糖かりんとうをめぐって議論している間に、画面では総理がとんでもない発言をしていた。
「東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡に緊急事態宣言を発令します」
「え?今総理何て言いました?」
「緊急事態宣言って言ったよね…あ、テロップ出てる。間違いないね」
「ウチらの県も入ってますね」
「だね…どうなるんだろう?」

 画面は東京都庁に切り替わり、都知事が感染防止を訴えていた。
「ステイホーム。家にいてください」

 と、あみにメールが届いた。
「あ、店長からだ」
 あみたちのバイトも暫くは出勤なしで、寮で出来るような仕事をまわすとのことだった。
「えー、給料減りそう…」
「いわゆるテレワークってやつですかね。クビじゃないだけマシと思うしかないですね…」
「そういえば、マスクやトイレットペーパー、大丈夫かな」
「確か、数年前に新型インフルエンザが流行った時のマスクの在庫が寮の物置にありましたよ。でも、トイレットペーパーが残り少ないですね」
「買いに行こうか」
「ですね」

「マスクは売り切れてたけど、幸いペーパーが入荷タイミングで良かったね」
「二人で2パック買えましたしね」
「ん?」
 あみが本屋の前で立ち止まる。
「どうしました?」
「今月のちゃお、コーデが付録みたい…あっ!イースターコーデもあるよ」
 あみは喜々としてレジに向かった。
「本当のイースターの日は無理かもしれないけど、いつかこれ着てライブできる日が来ますように…」
「イースターは復活祭ともいいますしね。ちょうどいいのではないでしょうか」

 そして、1か月以上、カレンダーの暦だけが進み、寮の中で時間が止まったような日々が続いた。

 本当のイースターは過ぎ去り、テレビでは連日、新型コロナウイルスの感染者数が報じられている。
そして、緊急事態宣言は解除どころか全国になっている。海外でも、イタリア、フランス、スペイン等で感染者が増え、イギリス、アメリカでも感染拡大傾向だという。そんなある日のことだった。
「あみ、こんな妖怪さん、知ってます?」
「アマビエ?」
 れみがあみに見せたのは昔の瓦版の写真で、嘴のような尖った口の三本足の人魚のような妖怪の絵が載っている。
「なんでも、熊本県近海に住む妖怪で、疫病が流行った時にこの妖怪の絵を描いて人に見せるといいそうですよ」
「じゃ、ライブ配信の代わりに『アマビエ様を描いてみた』とかやるといいかもね」
「前に「令和」やった写真にコラージュしても面白いですね」

 あみはアマビエの絵を描いて、令和の額縁に合わせたものを配信してみた。
 と、ラウラ☆さんから「いいね」が返ってきた。
「そういえば、スペインでも感染広がってるんだよね」
「向こうでも効果があるといいですね」

 数日後。
「あれ?なでこさんが配信してる?」
「キラキラ笑顔でいつか会えることを祈願して、みんなの光るコーデの写真をコラージュした画像を作りたいと思います。投稿募集、とありますね」
「面白いこと考えるなぁ。さっそく、いい写真探して投稿しよう」
「情熱のピンクジュエルコーデが光ってる写真はどうですか?」
 れみがあみが見当つけた画像を言い当てる。
「れみ、よくわたしのお気に入りが判ったね」
「あみの事なら何でも知ってますよぉ。食べ物の好き嫌いから、お気に入りの下着の色までもね」
 れみが悪戯っぽく笑う。事情を知らない人が聞いたら驚くかもしれないけれど…
「そりゃ判るわ!一緒に二年半住んでて食事も洗濯も当番制なんだから」
「まぁ、前にお気に入りだって言ってたのを思い出しただけですけどね」

 しかし、在宅生活が続くため、コラージュ用の背景等も公式に配信されたりしているようで、そんな画像も流行っているようだ。
「あみ、こんなの作ってみましたよ」
 以前、メンバー全員でお揃いのコーデで9人ライブした時の写真をその時の背景に合成して、9人が一度にステージにいる合成写真だった。
「おお、すごくいい!」
「みんな、元気にしてますかねぇ?」
「みんなに会いたいね。まぁ、近場にいるのはゆみとまみくらいだけど」
「そういえば、先週買い物に行ったとき、ゆみに会いましたよ」
「えー、そんなの、早く言ってよ!」
 あみはゆみを揺さぶりながら言う。
「痛い、痛いですぅ」
「ごめんごめん。やっぱり、寮のこの部屋にずっと居るだけじゃストレスたまりますよね」

 それでも、この生活もそろそろ終わりが近づいていた。復帰の日はそれからしばらくして訪れた。


今回のライブシーン
     
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