インターミッション まどか、デビューだもん

 お母さんのお母さんはおばあちゃん。じゃ、憧れの憧れは何だろう?

 まどかは寮で配信を見ていた。あみが黄金のコーデで11人ライブをしている。
「さすがだなぁ」
 あみは、まどかの憧れの先輩ダンサーだったさなえをプリパラアイドルにスカウトした人物だ。そして、さなえはあみを目標に技術を磨いたという。まどかは自分がそんな存在の仲間になったことが信じられなかった。

 そして、初めてのライブ配信のことを思い出すのだった。

 ほんの数か月前。スペイン・マドリード近郊の町にまどかはいた。そして、金網デスマッチのチャンピオンのバルログという格闘家の道場でトレーニングを積んでいた。
「基礎体力、瞬発力は随分成長した気がする。今のアタシなら、かなりのスピーディーなダンスも出来そうだと思うんだけどな」
 まどかはさなえに報告の手紙を書こうと便箋と封筒を買いに行った帰りに、ほんの力試しのつもりで、町の外れにある、ダンスを配信できる場所に立ち寄った。

 配信の機械の前に先客のコがいた。まどかより年上のようだが、少し悩んでいるようだった。まどかは声をかけてみることにした。
「どうかしたんですか?」
「あ、わたし、あまり慣れてなくて…妹がこういうの好きなので興味本位で来てみたんですけど」
「なるほど」
「会員証作る時にメイクを変えることができるようで」
「そのようですね」
「今のメイクだと、妹と間違えられるから、お姉さんっぽくしようと思うのだけれど、どんなのがいいか迷ってしまって」
「そうですねぇ、こんな感じだと、かっこよくてお姉さんっぽくないですか」
「すごい!別人みたい。これでいきます。ありがとうございました」
 その人が決定ボタンを押すと、画面に表示された会員証がブロックノイズで消えて、全く別人の会員証が表示された。
「まみって誰?」
 他人の会員証はすぐに消え、画面には赤い四角にシステムエラーと書かれたものが表示されている。そして、消えたのは会員証だけではなかった。
「あれ?お姉さん?」
 さっきのお姉さんも消えていた。
「どこに行ったのかな?」
 そして、機械には店員さんが「故障中」と書いた紙を貼りつけた。

 仕方がないので、まどかは近くのカフェでお茶を片手にさなえに手紙を書いた。

 さな姉、お元気ですか。アタシは元気です。
 最近、道場で鍛えてダンスも上達しましたよ。帰国したら一緒に踊りたいな。
 ところで、さっき、びっくりしたことがあったんです!
 ありのまま今起こったことを話しますね。
 何を言ってるかわからないかもしれないんですけど…
 催眠術だとか超スピードだとか、そういうチャチなものじゃ断じてなく、もっとすごいものの片鱗を味わったた気がします…

 まどかは、事の顛末を書き、師匠と一緒の写真を同封し、ポストに投函した。
 そして、帰り際に配信スポットに行くと、張り紙はなくなっていた。

 まどかは画面をのぞき込んだ。まだエラーが出ている…と思った途端、彼女は光に包まれた。

 ふと気づくと、まどかは金網デスマッチの闘技場の観戦席にいた。仮面と鈎爪を付けた格闘家、師匠バルログが赤い道着を着た格闘家と試合をしている。
 まどかは違和感を感じた。師匠は胸に蛇のタトゥーを施しているのだが、その蛇の色が紫ではなく黄緑だった。

「昇竜拳!」
 赤い道着の格闘家は有名かつ最高難度の技を放つ。それどころか、拳が炎に包まれている。
 師匠は鈎爪を弾き飛ばされながらもなんとかガードする。そして、格闘家の着地の隙を目がけて前転で間合いを詰めて正拳を突き出した。
「しまった!うわーっ!」

 まどかは事態を把握しきれない。なぜ自分がいきなりここにいるのかが判らない。金網から出てきた師匠に声をかけることにした。他に手がかりもないし。
「お疲れ様です。師匠」
「ん?誰だね?」
 師匠はまどかを知らないようだった。もしかして、異世界に迷い込んだのかもしれない。
「アタシはまどか。もしかしたら、別の世界でのあなたの門下生の一人です」
「私の美しさに惹かれたファンにしては面白いことを言う」
「自分でも信じられないけど本当なんです」
 師匠は困って、半ば冗談のように問いかける。
「私の弟子というなら、ここで闘ってみるかね」
「判りました。本気でいきます!」
「えっ…?」
 師匠、いや、この世界の格闘家・バルログさんはまさかまどかが受けて立つとは思っていなかったので驚いていた。

 そして、金網の檻の中で二人は対峙した。

 いきなりバルログさんはスライディングで足払いをかける。まどかはジャンプして躱す。が、バルログさんはそのまま壁にジャンプし、三角飛びの要領で飛んでくる。まどかはガードするが、ガードの上からも体力を削られる。
「くっ」
 踏みとどまったまどかはローキックを放つがバルログさんは難無く避ける。だが、それはまどかの陽動だった。まどかはジャンプして金網に飛びつく。しかし、高さが足りない!
 まどかは金網をよじ登り、とんぼを切ってダイブする。師匠に教わった技だ。しかし、バルログさんはその動きを読んで躱す。まどかは前転して間合いを詰める。さっきのバルログさんと同じ動きだ。
 しかし、距離が足りず、まどかの拳はバルログさんの胸を掠めただけだった。
 客席が歓声に包まれる。連戦かつ素人の女の子相手で手加減しているとはいえ、あのチャンピオンに掠るだけでも一矢報いたのだから、盛り上がりはすごいものだった。
「ほう…」
 バルログさんは感心したように頷いた。そして、跳んだ。
「ひょぉーーっ!」
 次の瞬間、まどかの体がすっと軽くなったかと思うや、衝撃が走った。

 一瞬、なにが起こったか判らなかったが、まどかはダウンした。勝負あり。

「大丈夫か」
 バルログさんが倒れたまどかに手を差し伸べる。ようやく判った。バルログさんは金網を使って三角飛びで間合いを詰め、そのまま投げを打ったのだ。
 まどかは敗北を悟った。くやしさがこみ上げてくる。
「…泣いて、いるのか?」
「師匠に教わった技が通用せず、申し訳なくて…」
 バルログさんは仮面を外して微笑む。
「そんなことはない。私も本気を出さないとお前を捉えることができなかった。それに…」
 バルログさんは続ける。
「さっきのは以前、異種格闘技戦でロシア最強のプロレスラーを昏倒させた技だ」
「ザンギエフ選手…」
 まどかも知っている、無茶苦茶に強いレスラーだ。あのすごい人を倒した技だと考えれば、生きているほうが不思議かもしれない。
「なかなかの筋だ。いい格闘家になれるだろう」

 この流れでは言いにくいのだが…
「あの、実はアタシはダンサーを目指していて…」
「えっ?そうか…」
 バルログさんは拍子抜けした感じだったが、
「いずれにせよ、頑張ってな」
 握手を求める。まどかも手を握り返し、満面の笑顔で応える。
「はいっ!ありがとうございました!」
「こちらこそ。優雅なひとときを過ごさせてもらった」

 何がどうしてこうなったのか、ダンスのつもりが金網デスマッチになってしまった。
「あの…ちょっといいですか?」
 まどかに誰かが声をかける。
「私はラウラ☆といいます。プリ☆チャンでライブ配信しています」
「あ、じゃ、アタシの先輩ですね」
「実は、私、今度、コンテストで踊るんです」
「へぇ。すごい!」
「度胸試しに、当日の衣装であなたのような実力者とライブしてみたいんです」
「いいですけど、アタシ、今日デビューしようとしてただけで、ライブ経験ないんですけど」
「そうなんですか?」
 ラウラ☆さんが驚いていると、
「わたしも入っていいかな?」
 話に入ってきたのは、まどかの前に消えたお姉さんだった。
「あ、あなたはさっきの…」
「わたしはくみ。さっき会ったコが妹と髪型の似たコと喋ってるのを見かけたのでね」
「妹さんもこんな髪型なんですね。私、友達と日本へ行って、エルザ、日本の友達と神戸に行った時にもこの髪型の人に会いました」
「そうなんですね。流行ってるのかな?」
「くみさんもデビューしようとしてたんですよね」
「ええ。だから、一緒にどうかなって思って」
「三人のほうが心強いし、三人でやりますか」
「じゃ、腹ごしらえにピーチティーか桃ジェラートでもあればいいのだけれど」
 くみがいきなり提案する。
「桃が好きなんですか?」
「うんとね、桃のあるところで「われら三人は…」ってやるのかと思って」
「いや、別に三国志の真似しなくても…パエリアのおいしい店ならありますよ。タパスもついてるんです」
 ラウラ☆さんのツッコミにまどかが訊く。
「パスタじゃなくて?」
「タパス。日本の定食で行ったら小鉢みたいなものかなぁ。ちょこっとした料理が小皿に乗ってる」
 くみが答える。そして、店に行き、食べながら打ち合わせをする。
「そういえば、ラウラ☆さんの衣装って?」
「プリパラのらぁらのコスなんですよ」
「わたしは妹に借りた妹の自作ドレスにしようかな」
「しまった…アタシ、プリパラのコーデを幾つか持ってるだけだ」
「ブランドを揃えてミックスコーデとか?」
「あ、それでいきます」

 こんな感じで、まどかはライブデビューした。

 そして、そのライブを見ていた色黒のダンサーがいた。
「見つけた。ボクのパートナーになってほしいコ」
 これが、みぃとまどかの出会いだった。


今回のライブシーン
        
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