ねえ触ってよ 4











小十郎さんの部屋には誰も居なかった
開けられ襖の向こうの庭に面した廊下の柱に背をつけて座り込む愛しい人

いつも俺を待つ時と同じ後姿に胸が痛んだ

”…小十郎さん”

「……佐助」

”っ!見えてっ…”

「………佐助」

ぼんやりと空を見上げたまま、苦しそうに俺の名を呼ぶ小十郎さん
俺の名を呼びながら、後ろに居る俺に気付かない

”……あ、ははっ
そうだよ、そんな都合良い話、あるわけないじゃん”

ここに来るまで誰にも見えなかった
誰にも聞こえなかった
小十郎さんにだけ見えるなんて、あるはず無いんだ

ふよふよと浮いたまま小十郎さんの背中に手を伸ばす
透き通る俺の手は、そのまま小十郎さんの背中をすり抜けた

温度も何も感じない
触ったように見えるだけ
実際はただの一人相撲
誰にも何にも触れない
目を閉じれば触れてることにも気付けない

「……馬鹿野郎、化けて出るならさっさとしやがれ」

”………もう化けてるよ
…なーんで、気付いてくんないかなぁ”

苦笑しながら小十郎さんの背中に抱きついてみる
やっぱり温度が分からない
触った感触も無い
小十郎さんが気付くことも無い

”ちょっとさー、愛が足りてないんじゃないのー?”

気付いて欲しい、見て欲しい
それすらも叶わなくって、悪態を吐いてみる

でも分かってるんだよ
俺が死んだこと、信じられないでここで待っててくれてるってこと
部屋の中にあった二つの盃は、そういうことでしょう?

「……佐助」

ああ、俺はここに居るんだよ
ちゃんと、ここに居るんだよ
小十郎さんが気付いてないだけで、俺はあんたの側に居るんだよ

だから、そんな声で呼ばないでよ

竜の旦那の声よりも、もっとずっと苦しくなる
上手く息が出来なくなるくらい、切なくて、もどかしい

「…早く、帰って来い」

ただ、大好きな小十郎さんの匂いを胸一杯に吸い込んで目を閉じた

”もうここに居ますよーだ
…ただいま、小十郎さん”






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