涙一粒
5
「………」
「…………」
軍議で集められた場に居た真田に目をやれば、
悲しげに瞳が揺れたかと思うとふっと視線を逸らされた
そのことに胸を痛める己をひどく滑稽だと思った
そんな権利は在りはしないと理解しているにもかかわらず、
それでもなおこの胸はチリチリと焦げたようにひりつくのだ
進軍先や作戦を説明する大谷の声を聞き流しながら早く終われと切に願った
「ではこのように…
やれ毛利、異存はなかろうな?」
「……ああ」
大谷の声に目をやれば、愉しそうに笑うのが見え不快感が募った
嫌味な男だ、と顔には出さず歯噛みした
「では、今日の軍議はこれで終いよ」
その言葉に、誰よりも早く席を立つ
こちらを見ようともしない真田を見るのは、今の己にはあまりにも辛すぎた
一刻も早くこの場を離れてしまいたかった
部屋に戻り日輪を見上げた
何の陰りも無く、燦々と輝いている
ささくれ立った心が、わずかばかり落ち着く
「毛利の旦那、入るよ」
かけられた声が終わらぬ内に開かれた襖
不機嫌そうな顔で真田の忍が立っていた
「良い、などと我は言っておらぬぞ」
「あらー、ごめんねー
俺様は届け物を持ってきただけだから、そう怒んないでよ」
ヘラヘラと上辺だけの笑顔を作り、忍が部屋に入ってくる
腕に抱えていた包みを丁寧に解けば、中にはたくさんの菓子が入っていた
「もー、真田の大将が食べないから余っちゃってさ」
日持ちのする焼き菓子がほとんどだが、
見目麗しい練りきりや、涼しげな水菓子まである
だが、そのどれもが二つずつ揃えられていることに首をかしげた
真田一人分の菓子ならば、わざわざ二つずつ用意する必要は無いはずだ
どれも真田一人で食いきれる量だが、小うるさいこの忍がそれを許すとは思えない
「それ全部あんたと大将の二人分
あんたと喰うからって、真田の大将から言われてね
大将が食べないんだから、全部あんたのだ」
この時期に水菓子とか作るの大変だったんだからねー、
とため息を吐きながら忍がつまらなそうな視線を向けてくる
「…もう来るなって言ったのはあんたでしょ?
なら、あんたにそんな顔する権利無いと思うんだけど?」
怒るでもなく、突き放すでもなく、ただ事実ばかりを口にする
いつもなら一笑に付す言葉が、冷たくこの胸を貫いていく
「……っ、我は」
何か言おうと口を開いても、かさついた喉はそれ以上の声を出してはくれなかった
忍の言うそんな顔が、どんな顔なのか考えたくも無かった
「……………」
「…ま、つまるところはあんたと大将のことだから俺様は口出ししないよ
用はこれだけだ、それじゃあちゃんと食べてくれよ、毛利の旦那」
「っ、待てっ!」
そのまま出て行こうとする忍の背に声をかけ、
そのまま何を言えばいいか分からず下を向く
菓子を用意していたのは真田だけではない
我の用意した菓子も、どんどん溜まっていくばかりだ
「…何?」
「………っ、」
「…言いたいことって、飲み込んでばかりだとその内全部無くなるよ?
あんたは、何を失くしたくなくて俺を引き止めるの?」
まるで真田に向けるような瞳で、柔らかな声で、忍が我の心を計る
「…………真田、を」
掠れた声が真田の名を呼ぶ
あの日から、呼ぶことの無かった名前を口にした
「………真田を、ここに呼べ」
搾り出すように言った言葉を己の中で反芻する
失くしたくないものなど、もうとっくに分かっていた
「毛利の旦那ってお願いする時まで偉そうだね」
嫌味ったらしくニッコリと笑い、忍が部屋を出て行く
その後に並べられた菓子たちを眺めため息を吐いた
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