黒 い 炎
6
噛み付くような口付けが好きだ
遠慮の無い激しいそれは、全てを食らい尽くすようで
このまま食べられれば家康の血肉になるのだろうかと思う
「んっ、ふっ」
目を閉じればぴちゃぴちゃと響く水音と、
口内を貪る舌の感触だけが顕著になる
息つく間も無いそれに理性は容易く崩れ去る
甘ったるいだけの快楽に脳髄が溶けるような気がしてくる
だが痛みの無いそれは物足りない
もどかしい快感ばかりが募っていく
「いえ…やすっ…」
薄っすらと目を開ければ
楽しそうに笑う家康が見える
「ん゛っ!」
がりっ、と犬歯が突き刺さる感覚と
口の中に広がる鉄の味
血液を堪能するかのように動き回る舌に
なされるがままに溺れていく
「…まるで紅を差したようだな」
唇が離れれば赤い糸が間を伝った
自分の唇を舐めれば確かに血の味がした
「続きはまた後で、だ
ちゃんと待てたらご褒美をやろう」
物足りないと思いながらも頷けば、
いい子だとでも言うように頭を撫でられる
「だからそんな顔をしていては駄目だぞ
そんな物欲しそうな顔をしていたら、
誰に襲われるか分からないからな」
「家康以外に触れさせるものか」
「当たり前だろう
だがもしそんなことがあったら、
ワシはお前を閉じ込めなくてはいけなくなるぞ」
笑った顔とは不釣合いな、
戦場でみるような冷たい瞳に射抜かれる
秀吉様に尽くす為に私はここに居るのに、
家康に閉じ込められることを想像して
悪くないと思ってしまった
家康だけが、私の世界の全てになる
それはとても甘美な夢のようだと思った
「そうなったら、三成が心から敬愛する
秀吉公に尽くすことも出来なくなってしまうな」
「…家康」
「大丈夫だ、ちゃんと分かっているさ
だからこれは、もしもの話だ」
僅かに睨めばおどけたように肩をすくめ、
白々しい笑みを深めた
「では、ワシは部屋に戻るとしよう」
また夜に来るよ、と告げる唇を見つめた
襖の向こうに消えた後姿を目で追った
口の中に残る血の味を冷めた茶で流し込み、
残る雑務を片付ける為に筆を手に取った
「三成」
夕餉を終えた頃に部屋に来た家康に
強く抱きしめられる
「今日は良いものを持ってきたんだ」
そう言って懐から布の包みを取り出すと
中には太い針と装飾具が入っていた
用途が分からず首を傾げていると
楽しそうに家康が帯に手を掛けた
「三成のここに、つけてやろうと思ってな」
はだけた胸元に触れる、
指の冷たさにぞくりと背が震えた
胸の飾りを優しく触る手に
これから与えられるであろう痛みと快感を想像した
「綺麗な色だろう?
三成に似合うと思ったんだ」
鉄心の両脇に透き通った紫の石がついたそれは
キラキラと光を返し、
清廉な輝きを宿していた
決して安くは無いだろうと思わせる
気品ある輝きに凝った作り
これが自分に似合うと思われるのは、
なんだか気恥ずかしかった
「…美しいな」
「そうだろう
お前に紫が似合うのは、
秀吉公も竹中殿も認めるところだしな」
ぴったりだ、と笑うくせに
その瞳は冷たく燃える
本当に独占欲の塊のような男だ
それがたまらなく嬉しく思う自分も、
きっとおかしいのだと分かっているけれど
これが偽りの無い私たちなのだから
それでいいと思う
「家康、早くしろ」
他の事を考えるな、と言えない自分に
ため息を吐きそうになる
「ああ」
ぎらつく瞳に射抜かれて、
興奮と期待が高まっていく
二人で居る時は、何も考えて欲しく無い
私のことだけを見ていればいい
そんなことを思いながら
針を握る指先に触れるだけの口付けを落とした
酒の匂いに頭がくらくらする
酒を染み込ませた布で針を拭き、
そのまま胸元を丁寧に執拗に拭かれる
消毒だと笑っていたが、
間違い無くそれ以外の思惑があることが
ありありと見て取れる
「それじゃあ、これを刺すからな」
「ああ」
にっこりと笑って家康が針をかざす
太く、中に穴の開いたそれの
鋭く尖った先端が胸の飾りに触れる
「っん!」
痛みというよりも、熱いと感じた
自分の乳首を貫通した太い針を見下ろせば
その穴の中に先程見せられた紫の石がはまった鉄芯が
家康の手によって入れられていく
「これは首輪の代わりだ
お前がワシのものだという証だな」
じくじくと熱を持つその鈍い痛みが、
その言葉でなんだか愛しく感じられた
ゆっくりと針を抜き出されれば、
胸には紫の輝きが飾られているだけだった
清廉な輝きを灯すその石は、
自分の白い肌によく映えていた
「次はこっちだ」
もう一度針を消毒した家康が笑っている
胸に感じる痛みとその笑顔に
浅ましく欲情した
「…終わったら、抱け」
「もちろん
しかし、本当に淫乱になったものだな」
「貴様のせいだ、責任くらいとれ」
「なら嫁に来ればいい」
本気か冗談かも分からないことをさらりと呟き
針が胸に触れる
「っ!」
先程と同じ要領でまた紫の輝きが胸に灯る
「あぁ、やはり良く似合っているな」
嬉しそうに家康が言うから
思わず目を逸らしてしまった
「とても綺麗だ、三成」
抱き寄せられ、頭を撫でられる
目を閉じて身を預ければ、
なんだかとても安らかな気分だった
「これは日の光に当たると変色してしまうらしい
だから、日中に肌を晒したりすれば
容易に分かるからな」
「フン、そんなことをするか」
「三成は無用心だからなぁ」
穏やかに響く家康の声を聞きながら
その肌に唇を寄せる
早く高ぶる熱が、
鋭い痛みが欲しかった
この飾り以上に、
私は家康の所有物だと早く思い知らせて欲しかった
黒い炎が絡みつく
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