黒 い 炎
2
家康がおかしい
それは男の危なさとやらを説いてからだ
今までと変わりなく接してくるが、
私が他の者と言葉を交わす時にこちらを見る瞳が、
その際に薄っぺらく貼り付けられたような空虚な笑みが、
恐ろしい、と感じる
捕食者が獲物を見るような、
または子供が虫の足でも千切るような、
純粋な感情
それが何なのか私には分からない
だが声を掛ければいつものように眩しい笑顔に変わる
戸惑うような、堪えるような表情を浮かべる
そして情事の時のような熱持った視線で申し訳なさそうな顔をする
家康が何を考えているかさっぱり分からなかった
「家康っ、何を考えて、いるっ…あっ…」
「…お前の、ことだ」
座ったまま抱き合い熱を分け合う
家康の大きな手が触れる腰が熱い
容赦なく打ち付けられる雄に声が漏れる
「はっ、嘘だ…」
「嘘じゃあ無いさ」
熱に滾った目をしているのに、
確かに私を見つめているのに、
その顔はなんだ
躊躇うような、
困惑しているような、
その顔はなんだ
「何を、迷う…んんっ!」
「…三成がっ、そんなにしゃべるなんて、珍しいな」
困ったように笑いながら一層激しさを増す動きに身をよじる
家康の首筋に腕を巻きつけ頭を押し付ける
強く掴まれている腰が痛む
「あっ、家康!駄目だ、もうっ…」
「あぁ、一緒に…」
「ふっ、あ゛っ!んあああぁぁぁっ!」
「…っっ」
荒い息を吐き家康にもたれかかる
気遣うように触れる手はこんなにも優しい
「…何を、考えていた」
もたれかかったまま訊ねれば、背を撫でていた手が止まった
「…お前のことだよ」
「家康」
体を離し逃げ場など無いとでも言うように睨み付ける
一つため息を吐いて家康が困ったように笑った
「嘘では無いんだ」
「…ここ最近、何を考えている」
目線を逸らし、考え込むようにうなだれる家康に歯噛みする
「私に言いたいことがあるのならハッキリと言えばいいだろう」
「…言ったら、怖がらせるかもしれない
ワシを見る目が変わるかもしれない
……ワシは、それが怖いんだ」
「貴様が何を思おうと貴様は貴様だ」
何を言われようとそれだけは変わらない
そう言えば、諦めたように頷いた
「…三成、ワシが噛み付いた時、怖かったか?」
未だ戸惑いに揺れる瞳で家康が問いかける
背中に残る地面の感触
きつく押さえつけられ一切の抵抗が出来なかった自分
あの時感じた恐怖が蘇り僅かに体が硬直した
「ワシはお前の怯える姿に欲情した」
家康の言葉に目を見開く
「もっと、ひどい事をしたいと思った」
諦めたように笑う姿は儚く見えた
「お前に、嫌われたくは無いんだ
でも、お前にひどいことをしたいと思うワシもワシ自身で
自分でもこの感情を持て余していた」
すまない、と頭を下げた家康を抱きしめる
「貴様がそう思う相手は私だけか?」
「あぁ」
「…私を、愛しているか?」
「当たり前だ!
心から、愛している」
「ならば、いい」
訳が分からないとでも言うように顔を上げた家康にニヤリと笑ってみせる
「思うさま、傷をつければいい」
呆然と見返してくる家康にそう言った
家康が望むのなら、
それが私だけに向けられる感情なら、
それでいい
恐怖はあるが、拒否はしない
地面に押し倒されたとき、
家康の瞳があんなにも熱を持っているのを
初めて目の当たりにした
初めて想いが通じ合った時よりも、
初めて体を重ねた時よりも、
暗く、深い、熱
それが自分だけに向けられるのなら、
どれ程のことにも耐えられるような気がした
「家康、…私は貴様を愛している」
黒い炎は燃え広がって
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