黒 い 炎 1











三成が鍛錬をする姿を家康はぼんやりと眺めていた

休憩しないか?と声を掛けにきた筈なのに
三成の額に浮かぶ汗やら
刀を握る細い腕やら
キラキラと光を返す髪やら
鋭く輝く瞳やら
陶器のような白い肌やら
華奢な腰やら
乱れた胸元やら
荒い呼吸やら
微かに漏れる声やらに

欲情した


今朝方まで同じ布団で愛を確かめ合っていた
だからしょうがないだろう?と自分に言い訳してみる

三成が己の魅力に、色気に、無自覚すぎるのがいけないのだ

「家康、先程からそこに居るが何の用だ」

「…三成」

汗をぬぐってこちらに歩いてくる三成が女神に見える
上気した頬は乙女のように可憐だ
不思議そうに首を傾げる仕草に眩暈がする

「なんだ」

一つの警戒心も無く側に立つ三成に不安になった

「…三成、誰にでもほいほい近寄ってはいけないぞ」

「何の話だ?」

眉をしかめて真っ直ぐにこちらを見つめる瞳

「お前は自分が思っている以上に魅力的なんだ。
もう少し警戒心を持ってくれ。襲われてからじゃ遅いんだ…」

そんな扇情的な姿で他の兵とも話をしたりするのかと思うと
心配で心配で胸が潰れそうだった

「貴様は馬鹿か?私は男だぞ?
寝言は寝て言え」

歯牙にもかけずに吐き捨てられる

どこまでも無自覚で無用心な三成
そこがまた魅力なんだとなぜ気付かないんだ

「男はいつだって狼なんだぞ!」

「だから、私も男だと言っているだろう」

「そういう問題じゃ無い!」

「ならばどういう問題だ」

三成は憂いを帯びた表情で、薄い唇からはため息が漏れる
それがあんまり色っぽくて気恥ずかしくなる

「あぁ、もう!だからそういう顔をするなと言ってるんだ!」

「頭に花でも咲いたか?
顔を変えられる訳が無いだろう」

「そう言うことじゃ無い!」

三成の腕を取り勢いよく押し倒す
土がついて汚れてしまうな、とどこかで冷静な自分がそう思っていた

「例えば、ワシではない誰かが、こんなことをするかもしれないんだぞ?」

驚く三成の耳元でささやき、惜しげも無く晒される首筋を舐め上げる
先程まで汗をかいていたせいかきめ細かい肌からは塩の味がした

身動きが取れないようにきつく押さえつけた腕
逃れようともがく三成の細い体
汗と三成の匂い

その全てに興奮する

「一人ならお前でも何とか出来るかもしれない。
では二人なら?三人なら?
お前が刀を持っていない時を狙われたら?」

「いっ、家康っ」

三成に焦りと驚きが滲む
垣間見えた恐怖の色に嗜虐心が頭をもたげた

「…一度、きちんと分からせた方がいいのかもしれないな」

優しく笑って見せれば三成の体が硬直した
怯えからか、僅かに青ざめた顔をしている

「っ、分かったから、手を離せ」

「本当か?
三成は自分のこととなると無関心だからなぁ」

笑ったまま三成の首筋に噛み付く

「…っ、いえ、やすっ」

苦しそうに漏らされる声が
堪えるようにきつく握り締められた拳が
更なる欲情を誘っていることに三成は気付いてもいない

本当に、無用心すぎる
今後の危機回避の為にも手酷く恐怖を植えつけておいた方がいいかもしれない
三成に怯えられるのは悲しいが、これも三成の為だ

なんて、ただの言い訳でしかない
そんなことは自分が一番よく分かっている

揺らぐ瞳で、それでも逸らしたら負けだとでも言うように必死に睨み付ける姿
こちらの一挙手一投足にいちいち強張る体
噛み締められた唇から零れる震える吐息
それが愉しくて仕方が無いのだ

「…っ」

悪趣味だな、と思う
それでも止められそうに無い

口内に血の味が滲んだところでようやく首筋から離れてやれば
白い肌から真っ赤な鮮血が溢れている

どうしようもなく美しいと感じた

今までに無く恍惚感を覚えた

「家康…」

引きつった顔で、三成が見つめている

「言っただろう?
男は狼だって」

にっこりと笑って腕を解いてやれば安堵したように息を吐く

その姿に僅かばかりの罪悪感が芽生えた
いつも笑ってばかりの男がこんなことをしたのだ
きっと怖かっただろう

「…帰ったら、傷の手当をしろ」

「あぁ、もちろん」

烈火の如く怒鳴られるかと思った
それなのに返って来たのは力無い言葉
三成は本当に自分を想ってここまでやったのだと思っているんだろう

「戻ったら一緒に茶を飲まないか?」

「いいだろう」

あのまま衣を剥いでしまいたかった
一層の恐怖に染まる顔が見てみたかった
涙を流して震える姿を見てみたかった

そう言ったら三成はどんな顔をするんだろう

「家康、何をしている。早く行くぞ」

「あぁ」


自分の中に芽生えた黒い感情
こんなにも愛しく、大切な三成
それを自らの手で壊したいと思うなんて

自分の心すらよく分からない

だが、怯える三成は本当に美しかった
血に濡れた肌は馨しかった
先程の三成の姿が脳裏から離れなかった


よこしまな感情から目を逸らし、自分を待つ三成の元へ走った




黒い炎は冷めやらぬまま






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