犬と私の一つの約束
8
戦力は拮抗していた
俺の元に来た大谷吉継を討った
戦況を確認した
氏政様が討たれた
死の報告に一瞬意識が遠くなった
目の奥が熱くなった
うまく息が出来なくなった
拳を握り締めた
風魔一族を戦場から撤退させる命を出した
三成様が、気がかりだった
(…氏政様、俺は、三成様のところへ行きます)
心の中で、主への謝罪を呟いた
笑った顔
困った顔
焦った顔
怒った顔
今まで主として仕えた氏政様の顔が、頭の中をぐるぐると回っていた
こんな時に、一番に主の下へ駆け付けられない自分を恥じた
それでも、今一番に俺の心を占めているのは三成様だった
(…三成様)
全力で駆けた先で目に入ったのは、
徳川家康の死体の脇で呆然としていた三成様だった
頬には血の涙の痕を残し、ぼんやりと虚空を眺めていた
『っ、三成様!』
あまりの痛々しさに肩を掴み揺さぶった
だが、虚空を見詰めるばかりの瞳は俺を映すことが無い
声の無い声目の前で張り上げたところで、
それが三成様に届くことは無かった
『……三成様、…主っ!』
何度揺さぶってもこちらを見ることの無い主
こんな部下を何度か見たことがある
手酷い拷問を受け、死ぬことも許されず、
悪戯に生かされた者が壊れて戻って来た時と同じだった
痛かった
傷など負っていないのに、痛くて痛くて堪らなかった
どこが痛いのかも分からなかった
『…三成様』
唇を噛み締めて主を抱きしめた
叱咤でも、蔑みでもいいから、
目の前の俺を見て欲しかった
「……こたろう?」
主が笑った
貼り付けたような笑みを浮かべて俺を見た
何かが壊れた気がした
(…俺が見たいのは、そんな笑顔じゃない)
「私は、勝ったんだ…」
幽鬼のようにそればかりを繰り返す三成様を、強く強く抱きしめた
どうすればいいのか分からなかった
今までこうなった部下は全て殺した
どうすれば元に戻るのかなんて、分からなかった
『主、主…』
「どうして、未だ許しは請えない…」
腕の中で目を閉じた三成様は安らかな寝息を立てる
守りたかったものは、ずっと前に壊れていたのだと知った
守りたかったものは、もうここには無いのだと知ってしまった
『…っああ、ああ、三成様』
俺は主を抱きかかえ、逃げた
主の全てを奪ったこの場所から、
遠ざかるためだけに必死で足を動かした
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