二人ぼっち 8











”早く目を覚ましてくれよ”

家康の言葉がぐるぐると頭の中を回っている
どう考えても、私が生きているとしか思えない言葉

「…私は」

関ヶ原で家康と対峙した
何度も何度も競り合った
怒りを、憎しみを吐き出した
悲しさと決意に満ちた家康の瞳
容赦の無い重い一撃
途切れた意識

気付いたら私はここに居た

秀吉様に、半兵衛様に、形部に、笑いかけられた
私は死んだものだと思っていた
出口が分からないだけだと思っていた

もし生きているのだとしたら、それは家康の指示以外に無いだろう

何を考えているのか分からない
敵大将を生かしておくなど、正気の沙汰ではない
家臣からの非難も多大なものであるだろう

それすらも許容してくれる部下がいるのだろうか?

家康ならば無いとは言い切れないが、
ならば私を呼ぶ時のあの苦しそうな響きは一体なぜだ?

ここに現れた家康のあの顔は一体なんだ?

考えても分からないことばかりでなおのこと苛立ちが募る
もどかしいままに叫んでも、答える声はここには無い

「…どうすればいいというんだっ!」

ため息を吐いて上を見上げる
こぽこぽと水面に浮かんでいく泡が光に溶けるのを美しいと思った

「私は、どうすればいいんだ…」

手を伸ばしても、水面は遠く届くことは無い
どれ程もがいても、水面にたどり着けることは無い

もし生きているとして、目を覚ましてどうするのだろう
私の生を喜ぶ者など、この世にはもう居ないだろう

だからこそなぜ家康が私を生かし続けるのか、その真意が分からない

家康は私の生を望んでいるのだろうか?
私が目を覚ますのを、本当に待っているのだろうか?

「家康…」

秀吉様を殺した、憎い者
私が心から想った、愛しい者

ここに来て取り払われた憎しみ
後に残った甘く苦い愛情

それでも、憎しみが消えたところで家康を許せる訳ではない

秀吉様を亡き者とした罪は重い

それなのに、私の心は未だに家康を想っている

どちらにも傾ききることの出来ないでいる天秤のように、
ぐらぐらと不安定に揺れて揺れて、どうしていいか分からず途方に暮れた

変わらずに水面を照らし続ける光をもどかしい気持で見上げることしか出来なかった






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