二人ぼっち
7
「…ふぅ」
昼下がりのうららかな日差しに多少の眠気を覚えつつ、
朝から握り続けた筆をおき、ぐるぐると肩を回す
疲れたな、と思いながら開いた襖から遠い空を眺めた
真っ青に広く深く高い空は、いつ見ても変わらない
空を仰ぐこの瞬間は自分がとてもちっぽけな存在になったようで、少しだけ安心する
様々な重責も、人と人の繋がりも、些細なことに感じられる
最近ではこんなことばかり考えているような気がする
実際に逃げられはしないと分かっているからか、
昔を懐かしんだり、もしもこうだったら、なんて空想的なことを思ったり、
そうしてまた現実に戻って深いため息を吐くのだ
治水、街道の整備、税収、飢饉、流行り病、国々の情勢、
やることばかりが溜まり、その一つ一つにまた関係の無い小言が付随される
やる気は少しずつ磨り減って、積もっていく不安と責任
平伏した家臣の顔が見えないことが恐ろしい
いつからか伏せられたその顔が、嘲りで歪んでいるかもしれないと思うようになった
ワシの言葉に頷くことが信用できない
晒されることの無い心に、影で何を言われているのか怯えるようになった
これは間違っているのか、これは正しいことなのか、
その判断が自分ではもう分からなくなった
ただ家臣の顔を気付かれないように窺っている
情けないと思う
惨めだと思う
何の為にここまでやってきたのかと思う
自分が政治に疎い部分があるのは分かっていた
だからその穴を埋めるように家臣を配置した
それは間違っていない
そう思っている
だが、仕事における優秀さと、心を開けるかは別だと知った
今までと変わらず兵に接することを咎められるようになった
気さくな言葉をかけることにいい顔をされないことに気付いた
初めのうちは気にせず接していたが、兵のほうがワシを避けるようになっていった
ワシが気に食わない行いをすれば、それはワシではなく身分の低い者へいくのだと分かった
だから、せめて傷つかないようにと距離を開けた
そうしてどんどん一人になっていった
腹を割って話そうと言い、自分の思想を語ったりもした
だが、思いの丈を語るのはいつだって自分ばかりで、空しくなった
夢見がちだ、身の丈が分かっていらっしゃらない、
所詮は武力でここまで来た方だから仕方ないさ、
余計なことをしないで下さればそれでいいじゃないか、
そんなことを言われていると分かってからは、もう何も言えなくなった
ワシの言葉も、思いも、何も届きはしないのだと分かってしまった
一人きりで、悔しくて眠れない日が続いた
全てを笑われるようで、飯もろくに食えなくなった
三成の顔を見て、泣き出しそうになったりもした
だが、三成の顔を見る度に自分を奮い立たせることが出来た
何のためにワシが今ここにいるのかを再認識出来た
それでも苦しくて、愛しくて、辛すぎて、
目を覚まして欲しいと願った
実直に、裏表無く心を晒す三成が側に居てくれたらと思った
「…ああ」
誰か、助けてくれよ
言える訳も無い言葉を飲み込んで、ぼんやりと空を見上げる
一体何から助けて欲しいと願っているのだろう
逃げ出したいと思っても、逃げられる場所なんてどこにも無い
「どこかに、行きたいな…」
行きたい場所なんて思いつかないくせに、無意識に口が動く
本当はどこかに行きたいんじゃない
どこかへ行ってしまいたいだけなのに
「家康様、書簡をお持ちしました」
束になった紙を持った部下が部屋の前にひれ伏している
ひとり言が聞こえていなければいいなと思いながら億劫に返事を返した
「…ああ」
頭を下げるお前の名前は一体何だっただろう
その伏せた顔はどんなものだっただろう
ワシは、もうそれすらも覚えることを諦めてしまっていたのかと思うと、
惨めさばかりが溢れて押しつぶされそうだった
「ありがとう、下がってくれ」
「はっ」
余計な会話など一つも無い
ただ事務的に、するべきことだけをこなす間柄
重なっていく書類にため息を吐きながら、休憩はここまでだと筆を手に取った
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