二人ぼっち 76











家康はよく昔の話をするようになった
豊臣時代のこと、今川に質に行っていた頃のこと、
本田忠勝とのこと、それぞれで見た風景のこと
それらを懐かしみ、愛おしみながら訥々と話す

”自分が老いて気付いたんだ”と言いながら、
ひどく優しい瞳でそれらを語るのだ

起き上がることすらあまり出来なくなった体
細く、軽く、骨と皮しかないような体だ
その背中を支え、隣で短い会話を繰り返す
すぐに眠りに落ちてしまう家康の顔を、ただ隣でじっと見詰めている

切なさと無力さに苛まれる
代れるものなら代わってやりたい

家康と共に老いられない自分の体を悲しく思った

「……先にゆき 跡に残るも 同じ事 つれて行ぬを 別とぞ思ふ」

諸行無常の同じ世に生き、いずれ皆死ぬのだ
先に逝くが、ついては来るな
これでお別れだ

「…私は、死ねるのか?」

自分の手のひらに視線を落とし呟く

同じ時間を生きながら、家康と私では違いすぎる
最早同じ歳だと言っても誰も信じはしないだろう
関ヶ原で戦った頃と、私は何も変わってはいないのだ

家康と生きていたい
家康と共に死んでしまいたい
そう思う私は間違っているのだろうか?

家康は側に居ろと何度も言った
それなのに、今更私を置いて行くのか?

どれ程考えたところで答えは出ない

私にも分かっている
家康が私を心から愛してくれていることも、
一緒に連れて逝きたいと思いながら、生きて欲しいと思っていることも

どれも、家康の本心なのだ

「……愛している」

一人きりで呟いた言葉は虚しく響いた






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