二人ぼっち 75











「三成、梅が咲いているぞ
もうじき桜も咲き始めるな」

「そうだな」

ワシの言葉に微笑みながら三成が答える

まだわずかに寒さを感じるが、背に触れる三成の手が温かい
その優しさが嬉しく、自分の無力さが苦しい

痛みのせいで満足に動くことが出来なくなった体
痛みを抑えようと薬を飲めば、眠気が襲い起きていられない
気分は塞ぎ、声を出すことも億劫になった

ひどく不自由な体になったものだと思った

「…桜が咲いたら花見にでも行くか」

「どこの桜がいいんだ?」

「そうだな、やはり、小田原の桜かな」

美しく咲く花弁と、それを見る三成を思い浮かべる
青い空に映える薄紅色と銀
柔らかく微笑む三成が振り返り、その背後には大きな桜の木があるのだ

想像の中でさえ、それはとても幸せな光景だった

「……きっと、夢のように美しいだろうなぁ」

「桜など今までも何度も見ているだろうが」

「同じものなど一つも無いさ
見るたびに新しく、美しいよ」

三成みたいに、と思う言葉は飲み込んだ

ワシが一声でも呻けば三成は夜中だろうとすぐに起きる
眠ってなどいなかったように機敏な動作ですぐに駆け寄り、
優しく背を撫で、どこが痛む?薬を飲むか?と不安そうに瞳を揺らす

新年を迎える前に三成の為に新しい羽織をあつらえた
濃紺に色鮮やかな花の刺繍
白く輝く月と赤い蝶の舞う華やかなものだ

いつもなら散々文句を言いながら渋々と言った風に袖を通すのに、
あの時は渡してすぐにワシの前で羽織って見せてくれた

三成の白さを引き立てるような、美しい羽織だ

ありがとう、と薄く笑う三成は本当に綺麗だった

「……いつも、迷惑をかけてすまないな」

「迷惑だなどと思ってはいない
私が好きでやっていることに一々構うな」

不愉快そうに眉をしかめながら吐き捨てられる
その不器用な優しさが苦しいのだと、三成にはきっと分からないだろう

自分が病になり半兵衛殿が秀吉公にひたすらに病を隠していた理由が何となく分かった
秀吉公が気付かぬ振りをして、
それでも半兵衛殿にばれないように気遣っていた優しさに気付いた
今更ながら、秀吉公の器の大きさを思い知るのだ

愚直な三成には無い、相手の望むままの優しさを秀吉公は持っていたのだ

そこに皆惹かれたのだろう

あの頃のワシには分からなかった
自分のことで精一杯だったワシには気付く余裕などなかった

今になって思い返せば、秀吉公は様々な言葉をくれた
ワシが秀吉公を討つかもしれないと思っていながら、
それでもワシを思いやる言葉を何度もかけて貰っていたのだと思い知った

「なぁ三成、秀吉公は大きな人だったな」

「ああ、当たり前だろう
私の敬愛する唯一の主君だ」

「うん、そうだな
皆、とても見る目のある者ばかりが豊臣には集っていたのだな」

「家康?」

「…ああ、すまない
少し眠るよ、何だか疲れてしまった………」

「ああ、側に居る」

「ありがとう、な………」

ゆっくりと横たえられる体
繋がれた手が心地良い
一人ではないのだと、そう思える

「…おやすみ、家康」

三成の声に返事も出来ないままに意識が掠れていく
返事を出来ない代わりに、繋がれた手をぎゅっと握り返した






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