二人ぼっち
73
墨の臭いが好きだ
無心で墨を擦っているとそれだけで気分が晴れる
いつからか感じ始めた腹部の違和感
日に日に大きくなるその違和感を誰に言うことも無かった
これはどうしようもないものだと、そう思ったから
筆をとり、今まで散々考えた言葉を記していく
何度も何度も考え直し、ああでもないこうでもないと頭をひねった
それすらも楽しかったと今なら思える
「……よし!」
「何が良いんだ?」
急にかけられた声に肩をすくめ、背後に立つ三成を振り返る
盆に乗った茶を持ちこちらを見詰める姿に苦笑した
「ああ、ありがとう」
「何を書いていた?」
差し出された茶を受け取り、隣に座った三成に書いた物を渡す
じっとそれを見据え、何かを考える横顔を眺める
相も変わらず美しいなとぼんやりと思う
白く透き通るような肌
艶やかで柔らかな銀糸の髪
シミもシワもない美しい体
無防備に晒されたうなじ
禁欲的で清潔感のある姿
頬に落ちる長い睫毛の陰
いつまでも変わらない三成が愛しい
何一つ変わらない三成が悲しい
「……辞世の句には早いだろう」
顔を上げ、眉をしかめる三成は優しい
震える唇を噛み締めて真っ直ぐな視線でワシを見詰める
三成にももう分かっているんだろう
ワシに残された時間がもうわずかだということが
「早いことはないさ」
「…………」
「出来はどうだ?
我ながら良く出来たと思うんだが」
眉間の皺を深くする三成に、おどけたように笑ってみせる
ワシのせいで、そんな顔をさせたくはなかった
「…片方は、秀吉様への返歌か?」
「よく分かったな!」
「…ふん、当然だ」
三成の言葉に笑えば、歪んだ顔で笑い返してくれる
どこまでもけな気な男だと思った
「もう片方は三河の兵へか?」
「…いいや、それは三成への句だ」
「……………馬鹿者」
ワシの言葉に、ぼろぼろと泣き出してしまった三成を抱き締める
「……ワシの想いを記しただけさ」
「貴様はっ、馬鹿で大嘘吐きだ!」
「………そうだなぁ
手離せない、ワシには手離すことなんて出来ない
……それでも、その句だって嘘ではないんだ」
泣きじゃくる三成を抱き締めて、その大きさを知る
いつの間にか小さくなった己の体も、弱くなった力も、あまりにも虚しい
辛いことばかり、苦い思いばかりさせてきた自覚はある
だからこそ自分が死んだ後くらいは、自由を、
思うままに生きる時間を、せめてもの優しさを贈りたいと思ったのだ
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