二人ぼっち 71











「腹は下していないか?」

「………煩い!大丈夫だ!」

二人並んで馬首を揃えゆっくりと進んで行く
ワシの言葉に苦々しい顔をしながら三成が答える

事後処理もしないまま眠ってしまったことを気にしているらしい
朝目覚めた時に気まずそうな顔で謝られた
三成が素直に謝るとは珍しい、と笑えばそれからへそを曲げてしまった

「そろそろ機嫌をなおしてくれよ、三成」

「機嫌など悪く無い!」

ワシを睨み付ける顔は険悪そのもので、
まだ互いに豊臣軍に居た頃はいつもこんな感じだったことを思い出した

あの頃からずっと、三成は正しい
実直に、誠実に、生真面目に、清廉に、強い

周りの顔色を伺い、ヘラヘラと笑うばかりだった弱いワシはその全てに憧れたのだ

秀吉公や、半兵衛殿や、三成のような強さに!

自分を曲げる必要の無い強さに、眩しいほどの強さに、憧れたのだ

皆と並び立てるような男になろうと努力した
背も伸び、力も付き、ワシ自身も戦で勝てるようになった

それでも、ワシが望む強さは手に入れられなかった

力を手に入れるほどに己の弱さを自覚した
秀吉公達とは目指す先が違うことを突きつけられるようだった

それは秀吉公を討った後も、天下を手に入れてからも変わらなかった

今にして思えば、そのせいもあってワシは三成を手放すことが出来なかったのだろう
ワシにとっては強さの象徴でもあった三成を、
初めて心から愛しいと想えた相手でもある三成を、
手放してしまえば、ワシが壊れてしまうことを無自覚に分かっていたんだろう

「……家康?」

「ん?どうした?」

急に話しかけられ顔を上げればいぶかしむ様な視線に射抜かれる

「…どこが痛む?」

「いや、ワシはどこも痛くはないぞ?」

「…………ならばそんな顔をするな」

三成の言葉に首をかしげれば、
三成の方こそ痛みを堪えるような顔をする

「今の貴様はまるで戦場にでも居る時の顔だ」

「………!」

それだけを告げると真っ直ぐに前を向いてしまった三成に苦笑を漏らした
いつだって三成相手には何も隠せやしないのだ、と改めて実感させられる

「…すまん、心配をかけてしまったな」

「別に心配などしていない」

「はは、そうだな
では勝手に感謝をさせてもらうよ」

「ふん
どうせまた下らないことでも考えていたのだろう」

「…ワシにとっては下らなくないことさ
…いつになったら、お前のように強くなれるのだろうなぁ」

心の中にわだかまったままの、懐かしい劣等感
忘れたと思っていたのに、消えて無くなることはないらしい

思わず口から零れた言葉に、
皮肉に聞こえたかもしれないと三成を見れば特に気にしたふうも無く鼻を鳴らした

「貴様のそれは最早病気だな
貴様の憧れる私の強さでは駄目だったから、貴様が天下を統べたのだろう」

そんなことも分からないのか、とでも言いたげな視線に呆けてしまう

「自分を弱いと思うことは悪いことではない
その分、己を高めることが出来る証でもある
だが、貴様の自信の無さはただの臆病でしかない
謙虚さと卑屈は違うものだときちんと認識しろ
…貴様は、自分で思うよりも強い人間だ
誰が何を言おうと、貴様の強さは変わらない」

三成の真っ直ぐな言葉がすんなりと心に入り込む
嘘も偽りも言えない三成だからこそ、信じられる言葉

ずっとずっと憧れていた
皆のように強くなりたいと願った
肩を並べても恥ずかしくない人間になりたかった

「………ありがとう、三成」

「礼を言われることを言った覚えは無い」

「ああ、うん
それでも、ワシは救われたんだ
ありがとうな、三成」

「…ふん」

前を向いてしまった三成から目をそらし、
うっかり零れてしまいそうになる涙を堪えた






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