二人ぼっち 6











家康が笑っていた
疲れたように、苦しそうに、眉を寄せて笑っていた
あぐらをかいたまま頬杖を付き、深い深いため息を吐いていた

なぜ今まで忘れていられたのか分からず呆然とする

あれほどまでに愛し、憎み、この心のすべてを埋め尽くしていた家康を、
どうして今まで忘れていられたのだろう

なぜあの声が家康だと気付かなかったのだろう

訳の分からないやるせなさに苛まれながら、目の前に座す家康を見つめた

”みつなり”

水面から降ってくる声と目の前に居る家康に戸惑う

私の姿も、降って来る声も、家康には感じられないようで、
相も変わらず諦めたように笑うばかりだった

拳を握り締め家康の前に立ったが、やはり家康が私に気付くことは無い

「…貴様、その腑抜けた面は何だ!」

声を張り上げ叫ぶが、家康が私を眼に映すことは無い

「何のために秀吉様を討った!何のために私を討った!
貴様は、太平の世を作ると言っていただろう!?」

私が死んだ存在ならば、貴様は夢を叶えたということだろう?
それなのに、どうしてそんな顔で笑っているのだ?

「そんな顔で笑うな、家康っ!」

殴りかかろうと胸倉を掴もうとすれば、私の腕は容易く家康の体をすり抜けてしまう

「…っ!」

死んでいるのだから仕方の無いことかもしれないが、
ぎりりと歯噛みして家康を睨み付けた

秀吉様が討たれた時とは違う、純粋な怒りが込み上げる

「確かな願いを叶える為に私のすべてを奪ったのだろう
譲れない夢の為に、様々なものを犠牲にしてきたのではなかったのか」

静かに燃える怒りのままに言葉を吐き出しても、それが家康に届くことは無い
疲れたように笑う家康が何を見ているのか、私には分からない
何を考え、何に耐え忍んでいるのか、私には何一つ分からない

それがもどかしく、悔しい

拳をきつく握りなおし、家康の対面に腰を下ろした

家康は何をするでもなく、ただ黙って微笑んだままだ
時折深いため息を吐き、何かに耐えるように目を閉じる

それでも苦しそうに歪んだ顔で笑うことを止めない
まるで泣き出す前のような顔で、笑うことをやめない

「…そんな顔で笑うな」

何も出来ない自分に嫌気が差し、家康から目を逸らした

”…泣かないでくれよ”

響く家康の声に舌打ちをする

「…泣き出しそうなのは貴様のほうだろう
気持ちの悪い顔で笑うな」

そう伝えられたらどんなに楽だろう
だが私は自分の思いを、声を、伝えられる術を持っていない

ため息を吐きながら笑う家康に不快感と苛立ちが募っていく

それでも不思議なほどに、あれほどに私を苛んだ憎しみは消えていて、
ただ、今の家康に対する怒りだけが燃えている

そして、憎しみの中でも消えることの無かった苦い愛が、
今更に、未だに、この身をじりじりと焦がしている

関ヶ原で勝利した家康が、あれからどうしたのか私は知らない

もう何年経ったのかも分からない

疲れた顔、薄っすらと浮く隈、心の無い笑顔、
少し筋肉の落ちた体、初めて聞く苦しげなため息

昔の家康は、こんな顔で笑ったことなど一度も無かった

逆境にも、困難にも、立ち向かう強い瞳をしていた

太陽のように全てを照らし、温かく包み込む優しさを持ち、
いつだって心から、楽しそうに、嬉しそうに、眩しい笑顔を浮かべていた

私と関ヶ原で対峙した時にも消えることの無かったあの強さはどこへ行った

悲しそうな顔をして、それでも私を躊躇わず攻撃してきたのは、
太平の世を作るという夢を叶える為だっただろう

それなのに、どうして今、そんな顔でため息を吐く
貴様が討った私の名前を呼ぶ

考えれば考えるほどもやもやとしたものが胸を占め、私までため息を吐きたくなった

それまで頬杖を付いて笑うだけだった家康が突然立ち上がり、
祈るように、耐えるように、上を見上げて目を閉じた

「”…三成、どうか、目を覚ましてくれ”」

そのまま姿の薄くなっていく家康に手を伸ばしたが、
やはり触れることは出来ず、この場所から家康は消えた

「…どういうことだ?」

伸ばしたままの手を下ろす事も忘れ呟く

目を覚ます?
まるで私がまだ生き長らえているような家康の言葉に訳が分からなくなる

私は家康を殺そうとした
そして、関ヶ原で討たれた

そう思っていたが、家康の言葉はまだ生きている者にかけるものだ
間違いなく私の名前を呼んだ
ならば、家康が声を掛けたのは他でもない私自身なのだろう

「私は、まだ生きているのか?」

混乱しながら吐き出した言葉は、どうしようもなく震えていた






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