二人ぼっち
60
家康のごつごつとした膝に頭を乗せ、髪を梳かれる感覚に目を閉じる
結局、家康と長丸の話し合いで何が語られたかは知らない
だが、長丸の”お方様は父上に愛されておりますね”という言葉から、
私を渡さない、くらいは言っていそうだと思いため息を吐いたものだ
そんなことも、もう遠い過去なのだと思うと不思議な感覚だった
「もうこんなに伸びたのか」
「…目が覚めてからもうじき三十年だぞ」
「はは、時が経つのは早いものだな
関ヶ原から数えたらもう四十年近くも経つことになる」
優しく労うような手付きが心地良い
家康はもうずいぶんと老けた気がした
髪はほとんどが白髪に変わり始めているし、
いつも笑っているせいか目尻や口元の皺は一層深くなった
それでも、未だ衰えることの無い筋肉や、
思考の明瞭さ、思慮深さは歳を追うごとに増しているように思う
「長丸もずいぶん大きくなった」
「元服を終えたのは五年前か
もう長丸とは呼べないな」
「秀忠、ときちんと呼んでやらねば立つ瀬が無いな」
大姥局は厳しくも、きちんと優しさを持って長丸に接している
長丸もずいぶんと大姥局に信頼を寄せている
政務も家康の補佐を受けながらもよくやっていると聞いている
よく周りの声に耳を傾けるのだとか
「なぁ三成、ワシと二人で暮らさないか?」
「隠居するのか?」
「ああ、もうワシが居なくても大丈夫だろう
花見に海に紅葉狩り、それから雪遊びをしよう」
何十年前の話だと思い笑ってしまう
だが、今まで叶える事の出来なかったささやかな願いを叶えていくのも悪く無いと思う
「居を移したら髪を切るぞ
着物も、袴かせめて着流しに替える」
「ああ、好きにしていい
…今までずっと窮屈だったか?」
「…ふん」
申し訳なさそうな顔をする家康に、
思ってもいないくせにと思いながら鼻を鳴らす
本当に嫌だったらとっくの昔に止めている
それを分かっていて、家康はなおも尋ねるのだから意地が悪い
「家康、……幸せか?」
「…ああ、当たり前じゃないか」
「…なら、いい」
家康があんまり優しく笑うから何だか気恥ずかしくなる
もう家康は忘れてしまっただろうか?
私が、幸せにしてやると怒鳴った朝のことを
私はまだ笑い転げた楽しそうな顔を覚えている
「三成が、幸せにしてくれると言ったんじゃないか」
あっけらかんと笑い、だから、今のワシはこんなにも幸せだと言ってくれる
そっと身を起こし家康を抱き締める
当然のように、温かな腕が包み込んでくれる
「…愛している、家康」
耳元で小さくそう告げれば体を離され視線が絡み合う
そうして嬉しそうに笑みを深めて
「いつだって、お前を一番に愛している」
近付いてくる唇が触れ合う前に瞳を閉じた
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