二人ぼっち
56
長丸はひどく聞きわけがいい
それは逆にとれば個が無いということだと思った
「大姥局(おおうばのつぼね)が明日から来る」
大姥局は昔の家康の世話役だったと聞かされた
”三成一人では荷が重いだろ?”
そう言った家康の顔が冷酷に歪んでいるのを見て諦めた
愛した女の遺言であっても、意にそぐわなければ反故にするのかと怒鳴りつけたかった
「大姥局様、ですか?」
「様はいらん
お前の乳母になる女だ」
「……お方様だけでは、駄目なのですか?」
不安そうに瞳を揺らす長丸の頭を一度撫で、目線を合わせて言葉を紡ぐ
「大姥局は昔家康の世話役だった女だ
乳母というよりは、お前の世話役としての立ち位置になると思う
わざわざ家康が呼び寄せたのだ、それだけ長丸に期待しているということだ」
「…父上が」
家康は私が長丸に構うことを嫌う
顔に出さないように押し殺しているのがありありと見て取れる
僅かに下がる声音が、長丸から視線を外した後の一瞬の無表情が、
私と長丸を見詰める瞳の端が怒りで歪むのが、隠しきれていない
「……お方様、父上は私をお嫌いでしょうか?」
まるで叱られた子供のように深くうな垂れ、叱咤に怯えるように身を竦める
その姿から、家康の隠しきれない怒気を感じているのだと思うと切なくなった
母を亡くしたばかりだというのに、父からは訳も分からず疎まれる
その原因が自分にあると分かっているだけに、やりきれなかった
「…いや、家康は確かにお前を愛している」
「っ、ならば、なぜ…」
それ以上言葉に出来ないのか、唇を噛み締め、膝の上で拳を握りこんでしまう
長丸はいつだって自分の心を飲み込むのだと最近知った
それはお愛にもあったものだったが、
子供である分、長丸の方が飲み込めきれずに爆発してしまうようだった
「……すまない、私のせいだ」
「違いますっ、お方様は悪くありません!」
「違わない」
違う違うと、駄々をこねるように何度も繰り返し、
その度に大粒の涙が長丸の頬を伝っていく
その体を抱き締めることも出来ずに、もう一度だけすまないと呟いた
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