二人ぼっち
52
お愛が亡くなった
四日前、家康が尋ねた時に僅かばかり意識が戻ったらしい
そのまま昏々と眠り続け、先程息を引き取ったと聞いた
硬く拳を握り締め唇を噛み締めていた
決して泣くまいと、気丈に立つ姿を痛ましく思った
「…三成、長丸は?」
「…庭に居る」
「……そうか」
疲れた顔でため息を吐く家康から目を逸らす
私自身も受け止め切れていないというのに、
きっと私以上に辛いであろう二人に、かけてやれる言葉など持っていなかった
「…まだしばらくはバタバタしそうだ」
「ああ」
「…長丸を頼む」
「当然だ
…………約束したからな」
視線だけを交わし、家康が部屋を出て行く
その後姿を見送って庭に佇んだままの長丸に声をかける
「…風邪をひく前に中へ戻れ」
「………はい」
眉をしかめて、泣き出しそうな顔で笑おうとする
そんなところまでお愛に似る必要は無いと言う事は出来なかった
「……お方様、人は死んだらどこへ行くのでしょう?」
膝の上で握り締めた拳を見詰めながら長丸が言う
深い深い悲しみに揺れる瞳は美しく透き通っていた
「知らん、…私はまだ死んだことがないからな」
私の言葉に更に眉を下げ、悲哀の色は一層濃くなる
「………しいていうのならば、水の中、だ」
「……水の中、ですか?」
「ああ、青く、深い、透明な水の中をたゆたっていた
その向こうが、きっと死者の行く場所だと、私は思っている」
懐かしい記憶を思い返しながら言葉を紡ぐ
あの場所はひどく優しい場所だったように思う
「…憎しみや苦しみから解放され、
温かく、穏やかな日々を送れる場所であるのだろうな」
秀吉様が、半兵衛様が、刑部が笑っていた
怒りも、恨みも無く、ただ優しく笑っていた
「………お方様は、行ったことがあるのですか?」
「いや、私の大切な御方々が行った場所だ」
「…御方様の大切な方が」
「ああ……何のしがらみも無く、優しく笑っていらっしゃった」
「………母上も、そこへ行けたのでしょうか」
ぽつりと零れた涙を美しいと思った
母の為を思い泣けるこの子を、守ってやりたいと思った
「…行けていたら良いと、私は思う」
初めて握った長丸の手はひどく小さく感じられた
「…っ、ぅ、ぁっ!………ひっ!」
声を出すことも出来ない程にしゃくりあげ、ぼろぼろと長丸が涙を零す
しがみ付いてくる熱い体温と、思うよりも強い力
それをしっかりと抱き締め、私も一滴の涙を零した
誰よりも何よりも、優しく、悲しく微笑んでいた女の為に涙を零した
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