二人ぼっち 46











茶の香りとお愛の香の香り
どちらも主張し合わずほのかに香る

ささやかに存在を感じさせるだけの、儚いものだ

他の女たちの焚く強い香りとは違い、
すぐにでも消えてしまうような香りだ

「お方様とこうしてお茶を飲むのは何だか久しぶりですね」

楽しそうに笑うお愛の顔色は優れない
数日前まで熱を出して寝込んでいたのだから当たり前だ

「もう体調はいいのか?」

「ええ、大分落ち着きました
流行り病などでは無いらしいのですが…」

「……気を付けろ」

お愛の症状は毒の中毒症状とよく似ていた
風邪のようなくしゃみ、眩暈、目のかすみ
確実に毒だとは言い切れないが、その可能性が高いと思っている

「………お方様」

薄っすらと笑いながらお愛が空を見上げる
憂いを帯びた瞳で、慈悲深い笑みを浮かべる
その横顔にひどく物悲しい気分になった

「長丸はお方様をとてもお綺麗だと言っていましたよ
お庭で遊んでいる時に一目見ただけだというのに、
それから毎日のようにそう言うんです」

お愛の瞳は遠い幸福を見詰めているようだと思った
それが最早自分の手の中には無いような顔をする

「まるで一目惚れでもしたみたい、ふふ
………ねえお方様、私には敵が沢山居るようです」

寂しそうに、悲しそうに目を伏せ、
それでも仕方が無いと受け入れお愛が笑う

「あの子には害が無いよう気を配ってはおりますが……」

お愛は家康の気に入りだ
敵が増えるのも、憎まれ、妬まれるのも道理だ
だが、女たちの執念はあまりにもむごいと感じる

「……もし、私があの子の側に居られなくなる日が来ましたら、
図々しい願いですが、あの子を愛してあげていただきたいのです」

真っ直ぐに背を伸ばし、消え入りそうに笑いながらお愛が言う
自らの亡き後を案じる姿に母を見た気がした

「ほんの少しでかまいません、笑いかけ、話を聞いてあげてくださいまし」

強く強く握り締められた指先は色が白く変わっている
それでも変わらぬ笑みをたたえ、穏やかな空気を纏う

「……ああ、約束しよう」

「…ふふふ、良かった
お方様にしか託せませんもの、
断られたらどうしようかと思っておりました」

心から安堵したような笑みを浮かべ、お愛が深々と頭を下げる

「…三成様、あの子をどうかお願い致します」

「…ああ」

泣き出しそうな声で、我が子を他者へ託す気持ちは私には分からない
伏せられたお愛の顔も、何を思っているのかも私には分からない

優しい者にばかり、何故こうも世界は辛く厳しいのかと思った

祈ることしか出来ないが、お愛が少しでも幸福であれと願った






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