二人ぼっち 4











誰かの声が聞こえた気がして、暗い水面の底で目を開く
呼びかけているような声はあまりにも遠く、もどかしさを覚えた

「…貴様は誰だ」

苦しさばかりが募る心で、思ったままに呼びかける

だが、それに答える者は居ない
姿を現すことも無い

「何故私を呼ぶ!」

ここに居る理由も、意味も、私には分からない
私の名を呼び、心を締め付ける者が誰なのかさえ、私は知らない

「…っ、答えろ!」

闇の中に自分の声だけが反響し、消えた末の静寂が耳に痛い

唇を噛み締めて俯いた
何だか涙が溢れてしまいそうだった

一人きりで、ここでただたゆたう以外、どうすれば良いか分からない
自分が何をしたいのかさえ、分からなかった

”みつなり”

すぐ側で、優しい声が名前を呼ぶ

「…呼ぶなっ!」

その声を振り払うように耳を塞ぎ頭を振った
きつく目を瞑り、纏わり付く温かさを、光を、遠ざけようとした

”みつなり”

零れた涙が水に溶けて消えていく

私の感情と同調しているのか、ゆらゆらと水が揺らめき、不安げに闇が深くなる
それでも消えない光が悲しい
包み込むような温かさが嬉しい

「…何故、私を呼ぶんだ」

涙を水に溶かしながら、水面に揺れる光りを見上げた


暗転


光の消えた水中は真っ暗闇に逆戻り、恐怖を感じた

”みつなり”

その声が懐かしそうに、悲しそうに、名前を呼ぶ
その途端に広がった星空に、懐かしさと切なさが胸に刺さった

突然降ってきた星空に戸惑いながら、こんな夜空を見たことがある気がすると思った

いつだっただろう
誰かと一緒だった気がする
そんなことを思いながら、その星空に手を伸ばす

甘く、胸の内を掻かれるような感覚

嬉しかった
楽しかった
幸せだった

死んでもいいと思えるほど、満たされていた

肝心なことは思い出せないくせに、そんな感情ばかりが溢れ出て、また涙が伝った

思い出せない自分が悔しい
訳の分からない焦燥感
温かな光が絡みつき、その熱で焦がされているようだ

胸の痛みに膝を付き、嗚咽を漏らした

「…私を、呼ぶなっ」

答えられ無い
答える言葉を持っていない

そのことが苦しくてたまらない

なぜこの声がこんなに胸を締め付けるのか分からない
そのことが苦しくて仕方ない

何度も何度も、優しく、悲しく、温かく、懐かしく、甘く、苦しく
私の名を呼ぶ貴様は誰だ

こんなにもこの胸を、心を、締め付け、絡み取り、離さない
この感情は何だ

大切なものを忘れているような感覚だけしか分からない

”みつなり”

温かな感触が頬を撫でた
それはあの光りに感じたものと同じ温かさで、胸が押し潰されそうなほどに痛みが走った

自分の頬に触れてみてもそこにあるはずの手のひらは無く、温かな温度だけが残っている

頬に残るその温かさが胸に落ち、きゅうと胸を締め付ける
だがそれは悲しみも苦しさも無く、ただただ温かい

喜びを、幸せを詰め込んだようなその温もり

”あいしている”

初めて聞こえた私の名以外の言葉

紛れも無い、愛の言葉

「…っ、うぁっ、ぅっ」

鮮やかに光が差し込み、星空が掻き消える
暗い水底はキラキラと光が差し、眩しい程に明るい

その中で涙を流しながら声を上げた

「あああぁっ、うああっ!」

切ない声が私を呼ぶ
搾り出すような声で愛を紡ぐ

”…みつなりだけを、あいしているんだ”

名前も顔も分からないその声が、恋しかった

ただただ咽び泣くことしか出来なかった






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