二人ぼっち
3
夜も深まった頃に三成に宛がった部屋を訪れる
「三成すまない、遅くなってしまったな」
答える声が無いと分かっていても、やはり無断で入るのは気が引けてしまうのだ
「今日は少し冷えるなぁ
だが、空気が澄んで星がよく見えるぞ」
換気もかねて襖を開け、夜空を見上げれば満天の星空が広がっている
まだワシが豊臣に属していた頃、三成と星を見たことを思い出す
調度七夕の日、女中に渡された短冊に何を書けばいいか迷ったものだ
悩んだ末に、他の者は何を書くのかと思い三成の元へ向かえば、
渡された瞬間にくだらないと吐き捨て、女中に短冊を突っ返してしまっていた
夜も深まった頃に三成を説き伏せ、無理やり外に連れ出した
不満そうな顔をしながらも、繋いだ手が離されないことが嬉しかった
山の中の開けた場所で二人で寝転がり、手を繋いだまま空だけを見ていた
あの時の星空よりは少ないかもしれないが、今夜も十分に美しい星空だ
側に三成が居て、二人だけで、あの時と何も変わらないような気がする
だが、三成の目が開くことは無く、声が聞こえてくることも無い
「なぁ三成、お前の目が覚めたらまた星を見に行こうか
あの時のように寝転がって、飽きるまで星空を眺めよう
三成と一緒なら、きっととても楽しいんだろうな」
実際に目を覚ませば、そんなことは出来ないだろうと思うが、
それでも、三成としたいことを伝える
「ああ、夏になったら蛍でも見に行こうか
だが海も捨てがたいな
二人で元親に会いに行くのも良さそうだ
三成が目を覚ましたと知ったらきっと驚くぞ
…何だか、昨年もこんなことを言っていた気がするなぁ」
気がする、ではなく実際に昨年も言った言葉だ
一昨年も、その前も、そのまた前も、言った言葉だ
春になったら桜を見よう
秋になったら紅葉を見よう
冬になったら雪を見よう
叶うことの無い願いばかりを、毎年同じように口にして、
その季節が過ぎ去るたびに次の季節のことを言う
目を覚ますことの無い三成の側で、何年も何年も同じ言葉ばかり繰り返す
「実はな、妻を娶れと言われているんだ
ワシは必要ないと言っているんだが、皆からすれば早く跡継ぎが欲しいらしい」
苦笑しながら三成を見れば、青白い顔で眠ったままだ
「正妻を娶る気は無いんだ
跡継ぎは側室でも事足りるだろうし、まぁ本心を言えば側室も置きたくはないんだがなぁ」
まいったなぁと頭を掻き、三成の側に寄る
昔と少しも変わらない顔
皺もしみも無い、時間から切り離されたような姿
三成だけを見ていると、自分もあの頃のままなような気がしてくるから困ったものだ
鏡を見れば皺の刻まれた顔と、あの頃よりも多少細くなった体が見え、何だがもどかしい気持ちになる
自分だけが先に進んでしまっているようで、
本当ならばまだここは関ヶ原で、実は眠っているのは自分なんじゃないかとさえ思う
自分の見ている夢ならばどんなによかっただろうと、何度も思った
だが、今この国を治めているのは紛れも無い自分で、
三成はいつまでたっても目を覚ますことは無く、
ただ時間ばかりが止まる事無く流れていくのだ
「三成」
眠る三成の頬に手を当てれば、冷たい体温を感じる
「こうして肌に触れるのは何年ぶりだろうな
…三成は、いつまでたっても変わらない
このままではワシだけ爺になってしまうぞ?」
ため息を吐き、笑いながらも、切なさが胸を締め付ける
何年経っても愛しくて、今もこんなにも恋しい
焦がれて止まなかった三成が、腕の中で笑ってくれて本当に嬉しかった
もうこのまま死んでもいいとさえ思った瞬間が確かにあった
秀吉公を討った時、三成と敵になることだけが心残りだった
もうワシに笑いかけてくれることは無いのだと考えただけで、
この身が千切れてしまうんじゃないかと言う程の痛みを覚えた
三成の手触りのいい髪を撫で、その額に口付けを落とす
「三成、愛している」
今も三成以上に好きだと思える者など居はしないのだ
きっとこれから先も、三成以上の者などワシの中には現れることは無いだろう
「…三成だけを、愛しているんだ」
だからどうか、早く目を覚ましてくれ
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