二人ぼっち
34
青い空と揺れる花、それから家康
それが私に与えられた世界の全てだ
「お方様、またお花を見てらっしゃいますのね」
「…お愛か」
朗らかな微笑を浮かべるお愛に振り返る
何が楽しいのかクスクスと笑うお愛はまるで幼い娘のようだ
「何が可笑しい?」
「いえ、お方様があまりにもお綺麗で、
敵わないなぁと、思ってしまっただけでございます」
「貴様は充分に美しいだろうが」
「お方様には敵いません
いつまでも家康様の寵愛をお受けになっているお方様には…」
「くだらんな」
憂いを帯びた瞳をするお愛は昔の家康に似ている
敵を傷付け、味方が傷付いた時に”大丈夫だ”と笑った顔とよく似ている
「美しいから誰にでも愛される訳ではない
あくまでも家康が奇特なだけだ」
「…ふふふ、だから、お方様には敵わないのですよ
誰よりも何よりも、家康様を大切になさるお方様には」
「……貴様は卑屈だな」
「ただの事実でございます」
「訂正する、貴様は嫌な女だ」
「あら、今更お気付きでございますか?」
自虐ばかりが上手くなり、
周りにも自分にも嘘を吐くことに慣れた瞳だ
「お茶をお入れしたんです
ご一緒してもかまいませんか?」
「ああ」
悲しいほどに優しい女だと思う
傷付けようとしても傷付けきれず、
逆に自分が傷付くばかりの憐れさがある
それはまるで自分によく似ている
そう思い至り、苦々しい気持ちになる
家康を憎み、殺せなかった自分もきっとこんな有様だったのだろう
「家康様は本当にお方様を愛しておられますね」
「…昨夜のことを根に持っているのか?」
「うふふふふ、まさか!
…無償の愛、とでも言いましょうか
お二人を見ておりますと、
そんなものがあるのだと、思わず信じてしまいそうになるのです」
「無償?
そんなものがこの世に存在するのか?」
「子を生せぬ相手を愛することは無償ではありませぬか?」
「……貴様はつくづく嫌な女だ」
「愛されぬ者の代表としてのささやかな嫌がらせでございますわ」
「少なくとも貴様は愛されているだろう」
「…お方様がいらっしゃる限り、一番にはなれませぬ
それ以外は何の意味もなしませんわ」
「……そうだな」
「お方様も、嫌な方ですね」
ここで、こうまで私に物申す者は居ない
本音と冗談を入り混ぜながら、
こんなにも寂しそうに笑う女は見た事が無い
同じ者の愛を欲し、
それでもなおその相手と話そうとする女は他に居ない
「あのお花、家康様が手ずからお植えになったんですって
この間お小夜さんからお聞きしました」
「…そうなのか?」
「花浜匙、というんですってね」
女中に好かれ、家康に好かれ、私も嫌ってはいない
女たちの悪意に、憎しみに晒されてもなお、
仕方が無いと笑う心の奥を誰も知り得はしない
「永遠に変わらない心、変わらない誓い」
まるで詠うように話すお愛は美しいと思う
黒髪も、肌の色も、濡れた瞳も、小さな唇も、
初めて見た時から何も変わっていないように見える
「……きっと、家康様のお心はずっとずっとお方様のお側にあられるのでしょうね」
悲しみと、寂しさだけは、深くなった
きっとお愛は前の夫よりも家康を愛しているのだろう
その愛を得られずとも、その想いは変わらないのだろう
「…私には子を生すことは出来ん」
「ふふ、だから代わりとして私たちがいるのでしょう?」
「……本当に、貴様は嫌な女だ」
「そうですね」
昔と変わらず花のように笑うお愛に手を伸ばす
柔らかな風の吹く縁側で、
艶々とした髪はさらりと手のひらから零れて落ちた
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