二人ぼっち 32











煙管をふかし、息を切らせながら入ってきた家康を眺める

「今日はお愛か?」

「ああ、どうして分かるんだ?」

「あいつが相手の時は来るのが早い」

苦笑する家康に煙を吹き掛けニヤリと笑ってやる
困ったように頭を掻きながら家康が腰を下ろす

「お愛はワシの心を汲んでくれるからな」

「物分りが良すぎる」

「そのおかげで今ここに来れているんじゃないか」

「…ふん」

どんな女との情事の後も家康は必ず私を訪ねる
どれ程女が行くなと言っても、私の隣で朝を迎える

それが嬉しいなど、言ってはやらない

心は無くとも体を繋げている
情は無くとも子をもうけようとしている

それが嫌だなどと、言ってはやらない

「あいつは貧乏くじばかりを引こうとする」

「…えらくお愛を気に入っているじゃないか」

「妬いているのか?」

不満そうな顔をする家康の頬に口付けてやれば、
表情は変わらないままにぎゅうと抱き締められる

「お前が他の者の話をすることなんてあまりないじゃないか」

「ふっ……
あいつはお前を一番に大切にするからな
私に臆す事無く話しかけるのはあいつくらいのものだ」

「何だ、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「お前のお手付きになってからだな」

「ワシにお愛を勧めた後なのか?」

「他の我が強い女に辟易していただろう?
あいつは他の女と張り合うことも無く笑っていたからな」

蔑み合い、憎み合う女たちを日々眺めていた
家康の愛を受ける為にしのぎを削り合う女ばかりだった
将軍としての家康ばかりを見る女たちに苛立った

その中でただ一人、欲の無い眼差しで、
憐れむような瞳で、女たちを、家康を見詰めていた

お可哀相、と呟く声が悲しみに満ちていた

絹のような黒髪に、淡雪のような白い肌
憂いを帯びた黒曜石の瞳に、桜色の唇

ああ、この女なら家康の心を支えられると漠然と思った

「…それでも、なぁ
お前だって男な訳だし、お愛は優しいし」

「あいつも私も、愛しているのはお前だけだ
間違いが起こる筈が無いだろうが」

「……お前は、いつも唐突にそういうことを」

家康の赤く染まった耳を見詰めゆっくりと瞳を閉じる

「愛している、家康」

「ワシもさ
いつだって、誰よりも三成を愛している」

着流しに焚き染められた家康の香の薫り
微かに混じったお愛の香の薫り

お愛の優しさに家康も心を開いている
安らぐと感じるから、他の女よりも多く抱くのだろう

甘く、苦しく胸を締め付ける切なさ

私も他の女たちと変わらない
家康の愛が欲しいだけだ
大奥の主の寵愛を、欲しているだけだ

子を生めないこの身を、少しだけ恨めしく思った






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